Gloria Grooveとは、誰?
Embed from Getty ImagesGloria Groove(グロリア・グルーヴ)は、今ブラジルのポップス界で大活躍しているドラァグ・クイーンのアーティストです。
圧倒的な歌唱力と親しみやすい人柄で人気を集め、吹替からテレビ番組への出演まで、多方面にわたって活動しています。
代表的な曲 ”Coisa Boa”
グラマラスで、キッチュで、ちょっとグロテスクで、でもなんだかすごく楽しい。そんなGloria Grooveの世界観は、“Coisa Boa”(コイザ・ボア)の音楽とMVによく表れています。
ファンキ(Funk)という、ブラジル独自のラップ・ミュージックにルーツをもつ一曲。ネトフリの『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』にインスピレーションを受けたというMVは、凝ったクリップを作ることで知られているFelipe Sassi(フェリッピ・サッシ)が監督しています。バックダンサーとして、いろいろな体型、人種、セクシュアリティーの人たちがいるのも、Gloria Grooveならではです。
この記事では、バイオグラフィーをたどりながら、Gloria Grooveの代表的な曲を紹介していきます。
バイオグラフィー
子役時代
Gloria Grooveの本名は、Daniel Garcia Felicione Napoleão(ダニエウ・ガルシア・フェリシオーニ・ナポレオン)。1995年1月18日、サンパウロに男の子として生まれ、母子家庭で育ちました。
お母さんのGina Garcia(ジーナ・ガルシア)も歌手でした。サンバの一種であるパゴージという音楽ジャンルで有名なグループRaça Negra(ハッサ・ネグラ)のバックボーカルをしていたそうです。
そんなお母さんが子供の才能にいち早く気づいたのか、ダニエウは小さいころから子役をしていました。CMに出たり、ドラマに出たり、声優をしたり、歌を歌ったり──。活動は多方面にわたり、なんと日本のアニメ、『デジモン・クロス・ウォーズ』の主人公の吹き替えもやっています。
当時Youtubeにアップロードされて、そのままになっている動画があるので、貼っておきます。画面左側で歌っているのがダニエウです。
一方、プライベートでは、自分が女の子っぽく、ゲイであることに悩む思春期を送っていたそうです。子供の頃から福音派の教会に通い、聖歌隊もやっていたそうですが、14歳くらいになると、ゲイであることを家族にカミングアウトし、教会に通うのも止めたとのこと。
そんな彼が、性別を超えて自分の好きな恰好をしていいんだと思えるようになったのは、18歳でミュージカル『ヘアー』に出演したのがきっかけだったそうです。さらに、Gloria Grooveとして飛び立つのを後押ししたのは、アメリカのテレビ番組『ルポールのドラァグレース』でした。
『ルポールのドラァグレース』の影響
Embed from Getty Images『ルポールのドラァグレース』は、「アメリカの次のドラァグ・スーパースター」の座をめぐって出場者が課題を競う、コンテスト形式のリアリティー番組です。アメリカを代表するドラァグ・クイーンのRuPaul(ルポール)が司会と審査をつとめ、数多くの有名人を輩出してきました。いまや世界中に根強いファンをもち、強い影響力をもった長寿番組と言えるでしょう。
ダニエウは、この番組のシーズン6に出てくるAdore Delano(アドレ・デラノ)を見て、ドラァグクイーンのアーティストとなることを目指すようになったそうです。
Embed from Getty Imagesアドレ・デラノは、もともと『アメリカン・アイドル』というオーディション番組で、天才少年歌手として注目を浴びた「男の子」でした。ただ『アメリカン・アイドル』では、「女の子」っぽいキャラクターを封印するように指示されていたとのこと。そんなアドレが、自分らしく振る舞って、華やかにヘアメイクして、最高の歌声で歌う姿は、ダニエウにとって、自分自身の姿と重なるものがあったのではないでしょうか。
Gloria Groove、なんて読む? 読み方、発音
いよいよドラァグ・クイーン、Gloria Grooveの誕生です。
と、ちょっとその前に、この名前の読み方、発音について触れておきます。
Gloria Grooveという名前は、プロテスタント教会の讃美歌を意味する「グロリア」と、アメリカの黒人音楽の特徴を表す「グルーヴ」を組み合わせて生まれました。
この名前は、ブラジルの公用語であるポルトガル語で発音すると、「グロリア・グルーヴィ」となります。
ただ、もともと英語風につけられた名前であることや、日本ではポルトガル語になじみのない人のほうが多いこともふまえ、このブログでは「グロリア・グルーヴ」という表記で統一しておきます。
ちなみに、頭文字をとってGG(ジェージェー)と呼ばれることもあります。
2017年 デビュー
Gloria Grooveのデビュー当初の音楽は、アメリカ音楽の影響を強く受けたものでした。デビュー曲は“Dona”(ドナ)。タイトルは英語に訳すと”Lady”です。
2017年には、デビューアルバムとなる“O Proceder”(オ・プロセデル)を発表。
↑ アルバム”O Proceder”に収録されているヒット曲、“Muleke brasileiro”(ムレキ・ブラジレイロ)。この頃のGloria Grooveはセクシーなギャル路線で、ファンとして見返すとただただ可愛いなと思います。
敏腕プロデューサーたちとの出会い
デビューしてすぐに注目を集めたGloria Grooveは、Pablo Bispo(パブロ・ビスポ)、Sergio Santos(セルジオ・サントス)、そしてRuxell(フクセウ)をプロデューサーとして迎えてから、ポップなヒット曲を量産するようになります。
とくにRuxellが関わっている曲は、曲中で”Ruxell no beat”(フクセノビーチ)のような「サイン」がしてあるので、分かりやすいです。2017年の“Bumbum de Ouro”がその典型といえます。
↑ タイトルの“Bumbum de ouro”(ブンブン・ヂ・オウロ)は、直訳して「金のおしり」。一見すると、ラテン美女と男性ラッパー、二人で歌っているように見えるMVですが、二人とも同一人物のGloria Grooveが演じています。こんなふうに「男」になったり「女」になったり、自由にジェンダーを行き来してみせるのも、Gloria Grooveの魅力のひとつです。
デビュー後のコラボ活動
デビュー以来、Gloria Grooveはたくさんのアーティストとコラボしてきています。
この記事を書いている私は、「Gloria Grooveのすごさはコラボで表れる」と思っています。他のアーティストと一緒にいるとき、改めて彼女の個性が際立つからです。
↑ “Terremoto”(テッヘモート)は、Lia Clark(リア・クラーキ)の2018年の曲。Lia Clarkもドラァグ・クイーンで、ファンキ(ブラジル独自のラップ・ミュージック)のアーティストとして知られています(Ludmillaの大ヒット曲”Cheguei”のMVにも出演)。このMVでは、Lia Clarkが主役でありながらも、後半はGloria Grooveの存在感が圧倒的で、強烈な印象を残しています。
2019年 大ヒット
2019年は、Gloria Grooveが大ヒットした一年になりました。冒頭で紹介した“Coisa Boa”も2019年1月にリリースされた曲です。ほかの作品も見ていきましょう。
“YoYo”
↑ Iza(イザ)とのコラボ。MVは、”Terremoto”や”Coisa Boa”と同様、Felipe Sassi監督によって制作されています。このMVで見せているGloria Grooveの唇の動きは神がかっていて、必見です。
EP “Alegoria”
2019年の11月には、EP”Alegoria”(アレゴリア)を発表。アメリカのHip Hopやレゲエに影響を受けた4曲で、全曲についてMVを制作しています。
その中でも特にダークでキッチュなMVの一曲を貼っておきます。這う系の虫が出てくるので、苦手な人は閲覧注意です。
実写版『アラジン』の吹替
同じ2019年、ディズニー映画、実写版『アラジン』のブラジル版で、主人公アラジンの吹き替えもやっています。吹き替えでは、本名のDaniel Garcia(ダニエウ・ガルシア)名義です。
名曲“Whole new world”(ホール・ニュー・ワールド)は、ポルトガル語で“Um mundo ideal”(ウン・ムンド・イデアウ)というタイトルとなり、次のように仕上がりました。
2020年 Netflix『クイーンの誕生』への出演
ダークで、キッチュで、チャーミングで、存在感がすごい。そんなGloria Grooveの個性的なスタイルが確立し、一気に有名になったのが2019年だとしたら、2020年はそこから一歩踏み出した一年となりました。みんなが覚えやすく歌いやすい曲をリリースし、Netflixのリアリティー番組にも出演して、さらなるファンを獲得していきます。
EP “Affair”
2020年の12月、Gloria Grooveのキャリアの中でも特に重要な作品、EP”Affair”(アフェアー)を発表しています。
アメリカのR&Bに強く影響を受けた全5曲で、「ブラジルらしさ」は薄いのですが、メロディーも歌詞も覚えやすく、つい口ずさみたくなるような良い曲がそろっています。活舌のよいラップをいったん封印し、歌唱力で聴かせているのも特徴です。このEPでも、すべての曲のMVを作っています。ダンスも美術もシンプルです。
↑ この“Radar”(ハダール)は、歌もダンスも覚えやすく、中でもヒットした一曲です。日本に住む私なりの表現では、「カラオケで歌いたくなる曲」。この曲は、後々Ludmilla(ルジミーラ)とのコラボ、“Lud Session”(ルジ・セッション)でも歌われることになります。
Netflix『クイーンの誕生』
ネットフリックスの番組に出演したのも2020年でした。番組名は、”Nasce uma Rainha”(ナシ・ウマ・ハイニャ)、「クイーンの誕生」(リンクはNetflixの番組ページに飛びます)。
ドラァグ・クイーンになりたいけれど、一歩踏み出す勇気がないという一般人を毎回迎えて、メイク、立ち居振る舞いなどを伝授し、最後に一人舞台をプロデユースするという内容です。
Gloria Grooveは番組のホストとして、メイクを教えたりするだけでなく、出演者とその家族のカウンセリングも担当しています。
この番組の魅力は、「とにかく雰囲気があったかい!」ということ。
たとえば第一話のゲストは、最初、太っていることをコンプレックスに感じていました。そんなゲストにGloria Grooveは、おいしいものを食べるのが好きでいいじゃない、あなたはとってもエレガントよ、と語りかけ、そのエレガントさを生かしたドラァグを提案していきます。こうしたカウンセリングを通して、ゲストが誇りにみちたクイーンに生まれ変わっていく姿は、見ている側まで癒されるようなものがあります。
こうした番組への出演もあり、「なんだかすごいドラァグ・クイーン」であったGloria Grooveは、着実に「ポップスター」になっていきました。
2021年 お茶の間の人気者
“Lady Leste”先行シングル
2021年は、2枚目のアルバムとなる“Lady Leste”(レイジー・レスチ)の準備期間となりました。先行シングルとして、“Bonekinha”(ボネキーニャ)、“A Queda”(ア・ケダ)、“Leilão”(レイラウン)の3曲をリリースしています。
↑ “A Queda”(ア・ケダ)、その名も「転落」というタイトルの曲。ハロウィンシーズンに発表され、MVがグロテスクで作りこまれているのもあり、Youtubeでも多くの再生回数を記録しました。
歌詞では、有名人が何らかのきっかけでバッシングをくらい、社会的に殺されてしまう「キャンセルカルチャー」を批判しています。MVも、はしごをのぼっていこうとする(スターダムにのしあがろうとする)Gloria Grooveを、覆面のダンサー(匿名の誰か)が引きずり落とし、最後は操り人形にしてしまうというストーリーで、寓意を含んだものとなっています。
テレビ番組Show dos Famosos
また2021年は、TV Globoのモノマネ番組“Show dos Famosos”(ショウ・ドス・ファモーゾス)に出演し、コンテストで優勝しています。毎回、元がGloria Grooveだと分からないようなメイクとパフォーマンスを見せ、観客を沸かせました。
(日本では正規の仕方では視聴できませんが、YoutubeやSNSで「Show dos Famosos」「Gloria Groove」と検索すると見られるかもしれません。)
私が特に驚いたのは、ブラジルのMPBの歌手Ana Calorina(アナ・カロリーナ)や、飛行機事故で亡くなったセルタネージョの歌手Marília Mendonça(マリリア・メンドンサ)、アメリカのJustin Timberlake(ジャスティン・ティンバーレイク)のモノマネです。ヘアメイクの力もさることながら、完全にその人になりきって歌う力量に圧倒されました。
こうしたテレビ番組への出演によって、Gloria Grooveは着実に「お茶の間の人気者」となっていったのではないかと思います。SNSを見ている限りでも、Gloria Grooveは幅広い年代層に支持されている印象を受けました。
2022年 セカンドアルバム”Lady Leste”
2枚目アルバム”Lady Leste”
着実に人気を集めながらも、スタジオアルバムはリリースしてこなかったGloria Groove。デビュー以来5年ぶりの2枚目アルバムとなる“Lady Leste”(レイジー・レスチ)は、これまでの集大成でありながら、新しいことにも挑戦した特別な作品になりました。
従来のGloria Grooveらしく、ファンキとアメリカのHip Hop/R&Bが土台となっていますが、パゴージ、そしてメタル寄りのロックを取り込んでいるのが印象的です。いろいろな要素を詰め込みながら、どの曲もあくまで「ポップ」で、多くの人が楽しめるように仕上がっています。
アルバムからのシングル“Vermelho”(ヴェルメーリョ)は、Gloria Grooveの地元であるサンパウロのファンキを、ロック風のポップスに仕上げています。この曲については語りだすと長くなるので、別の記事にまとめました。
なお、クリップに求められる完成度がどんどん高くなってきたからなのか、アルバムの主要曲について、「ビジュアライザー」という映像作品が制作されています。
“LSD”(エリエシデー)はトラップのビートでありながらメロウな曲で、ビジュアライザーはゴスの色合いが強く出ています。
このアルバムがリリースされた2022年の年末、Gloria GrooveはMultishow(ムウチショウ)賞で「今年の声」部門を獲得しました(詳しくはこちらの記事をどうぞ)。名実ともに「今のブラジルを代表するポップスター」になったと言えるでしょう。
大型フェスへの出演
2022年は、アルバムリリースにともなって全国ツアーを敢行。そのツアーの一環として、ふたつの大型フェスに出演しています。Lollapalooza Brasil(ロラパルーザ・ブラジル)、そしてRock in Rio(ロック・イン・リオ)です。
Embed from Getty Imagesその中でも「ゴス」色の強かったロックインリオの構成はすばらしかったです。ブラジル・ハードロックの女王Pitty(ピティー)のカバーや、Baco Exu do Blues(バコ・エシュ・ド・ブルース)の2022年の曲、“Samba In Paris”(サンバ・イン・パリ)が演奏されました。
最後に
ここまで、バイオグラフィーをたどりながら、Gloria Grooveの曲を紹介してきました。
Gloria Grooveはどんどん新しいことにチャレンジし、ひとつの所にとどまらない変幻自在のアーティストです。LGBTQのアイコンとして注目を集めながら、今となってはブラジルを代表するポップスターのひとりになりました。ジャンルを横断する音楽、そして音楽にとどまらない活動の幅の広さで、今後も目が離せません。
ブラジルのドラァグクイーンたちをもっと知りたい、という方は、こちらの記事もどうぞ。
また、Gloria Grooveは同性婚していることでも知られています。ブラジルの音楽界の同性婚事情については、こちらの記事をどうぞ。