はじめに
ブラジルのドラァグ・クイーンの歌手、Pabllo Vittar(パブロ・ヴィター)は、LGBTQの権利を守るという信念のもと、政治的な発言やパフォーマンスを積極的にしています。
この記事では、ボルソナロ批判をはじめとするPabllo Vittarの政治的な言動をまとめ、それにまつわるブラジルの社会的・政治的な状況も簡単に解説します。かなり長い記事になりますが、おつきあいください。
なお、「Pabllo Vittarとは誰?」という方、「音楽に興味があって代表曲を知りたい」という方は、バイオグラフィーをまとめた次の記事をご覧ください。
反ボルソナロの象徴、Pabllo Vittar
パブロの政治的発言のなかでも有名なのが、ボルソナロ批判です。
Embed from Getty Images2019年からブラジル大統領となったボルソナロは、日本のニュースでも取り上げられることがありますが、過激な発言や、財界最優先の政策で物議をかもし、コロナ対応でも批判されています。
そんなボルソナロに抗議する若いアーティストとして、パブロは海外メディアからも注目されてきました。
たとえば、2019年、アメリカの雑誌“Time”(タイム)で、パブロは「次世代のリーダー」の一人に選ばれています。選ばれた理由として挙げられているのは、ボルソナロが同性愛嫌悪で知られている中、LGBTQのアーティストであるパブロが、若者から絶大な支持を得ている、ということです。(Time [2019/10/10])
これを受けて、ブラジル国内の有力紙“Veja”(ヴェジャ)は、タイム誌が、パブロを次世代リーダーとして紹介することによって、ボルソナロを批判していると指摘しています。(Veja [2019/10/10])
また、イギリスの“The Guardian”(ガーディアン)は、2022年3月に開催された音楽フェス、ロラパルーザ・ブラジルで、出演者からも観客からも「ボルソナロ出てけ!」という掛け声が激しく上がったと報じています。その記事では、反ボルソナロのパフォーマンスをしたアーティストとして、筆頭にパブロの名前を挙げており、記事のアイキャッチにもパブロの写真が使われています。(Guardian [2022/3/27])
さらに、イギリスやアメリカだけでなく、インドの出版社のサイトでも、ボルソナロとパブロを対立項として取り上げた記事があります。(MW [2018])
こうして見てみても、Pabllo Vittarがボルソナロに抗議する存在として国内外で注目されていることが分かります。
ボルソナロとは?
ここで改めて、ボルソナロとは誰か、彼の経歴を見てみましょう。
もと軍人、親米、極右、新自由主義
ボルソナロはもともと軍人で、軍人の給与改善の運動を起こして有名になりました。退役後は政治家に転身。市議員から始まり、政党を転々としていましたが、2018年に社会自由党(PSL)という小政党に入り、大統領に立候補。2018年10月の総選挙で大統領に当選しました。
2019年1月1日から大統領に就任し、「親米」で「極右」、経済学的には「新自由主義」という立場を貫いています。なお、同年に社会自由党は分裂し、2021年からは中道右派の自由党(PL)に所属しています。
コロナ対応の責任
ボルソナロ大統領の最大の「失政」は、コロナ対応でしょう。
2020年から大流行した新型コロナウイルスに関して、コロナはインフルのようなものだと言い続け、マスク着用を拒否。早い段階で自分自身がコロナに感染しました。
また、各国が行動制限で感染者数の急増を抑えようとする中、経済最優先をかかげ、行動制限の導入に断固として反対。州知事や市長がロックダウンを実行すると、「独裁者」とののしっています。(BBC Japan [2021/3/22])
ワクチンに関しては、確保や普及に消極的なだけでなく、接種すると「エイズになる」というようなデマを流しました。(BBC [2021/12/4])
こうした極端な言動や、人命を軽視する姿勢は、世界中で報道されました。ブラジルは人口が多く、貧富の差も激しいため、特有の事情もあったのかもしれません。それでも、多くの国民が命を落とし、行政機関や医療従事者がコロナと戦う中、一国のリーダーとしてあまりにも不適切な言動でした。
そして、ブラジルは2022年4月時点で、コロナによる死者数がアメリカに次いで2番目に多い国となっています。(NHK 統計は日々更新されています)・(BBC Japan [2020/7/8])
Embed from Getty Images数々の問題発言
コロナ対応で人命を軽視した点でも、ボルソナロはアメリカのトランプ元大統領に似ています。
ですが、何よりも大統領就任前からの過激な発言ゆえに、彼は「ブラジルのトランプ」と例えられ、国際的に注目されてきました。
ブラジルの軍事政権時代の肯定、女性蔑視など、様々な問題発言がありますが、その中から同性愛嫌悪(ホモフォビア)の発言を引用します。
差別的、攻撃的な発言をそのまま掲載するので、読みたくない方は次の部分をスキップし、「どうして大統領に選ばれた?」に進んでください。
「良い教育」
ボルソナロは、2011年、大統領就任前の下院議員時代、テレビ番組に出演し、「同性愛の息子がいたらどうするか」という質問に対して、次のような受け答えをしました。
「彼ら(自分の息子たち)は良い教育を受けた。私はその父親だから、(ゲイの子供をもつという)リスクが無い。」
また、同じ番組内で、ジルベルト・ジルの娘であるプレタ・ジルから、「あなたの息子が黒人女性に恋をしたどうするか」と尋ねられると、次のように回答。
「乱交については誰とも話したくない。私はそんなリスクは冒さないし、私の息子たちはほんとに良い教育を受けていて、残念ながらあなたと同じような環境に住んでいなかった。」(G1, Globo.com [2011/3/29])
なお、このテレビでの発言を受け、同性愛者の権利を訴える団体が民事訴訟を起こし、ボルソナロに有罪判決が下っています。(Veja [2019/5/10])
「死んだほうがまし」
またボルソナロは、2011年、雑誌”Playboy”(プレイボーイ)のインタビューで、次のように語っています。
「同性愛者のカップルが隣に住んだら、自分の家の不動産価値が下がる。」
「私は同性愛の息子を愛することができないだろう。ここで偽善者みたいなことは言わない。息子がそこらへんの髭ずらの男と一緒に現れるくらいなら、その息子は事故で死んだほうがましだ。私にとってその息子は死んだも同然だ。」(Extra, Globo.com [2011/6/7])
そして、ボルソナロは、こうした過去の発言を撤回しないだけでなく、同性愛嫌悪であることを誇りに思っていると公言し続けています。
どうして大統領に選ばれた?
こんなことを平然と言う人物が、どうして大統領になったのでしょうか?
彼が当選した背景には、ブラジル社会に根ざした政治不信がありました。
ブラジルでボルソナロ以前に政権を担ってきた左派の労働者党(PT)は、弱者の味方というイメージが売りだったのですが、南米史上最悪と言われる汚職事件「ラバジャット」(Lava Jato)によって続々と逮捕者が出て、信頼を失いました。
また、国際的な経済の動きに左右され、ブラジル経済も低迷。富の再分配よりも経済発展を重視する声が高まりました。
そんな中、ボルソナロは、問題発言だらけであるものの、「クリーンなふりをしてやっていることは汚かった」前政権と比べ、「クリーンなふりをしてないだけマシ」に見えたのではないでしょうか。
また、バラマキをやめ「小さな政府」にするよう訴え、新自由主義の理論にもとづく経済政策を提唱していたため、ブラジル経済の立て直しを求める人たちの支持を得ました。
治安改善のためには暴力的な手段もやむをえないという考え方も、不況で治安が悪化する中で評価されました。
選挙活動中、ボルソナロ自身が暴漢に刺されて負傷し、暴力にもめげない姿勢を見せたことも、イメージアップにつながったようです。また、入院により公開討論を欠席し、SNSで選挙戦を戦ったことが、結果的に選挙での勝利に効いたという指摘もあります。
東洋経済に寄稿されている、現地のブラジル人の声を拾った記事を読むと、ボルソナロの政治家としての可能性に期待した人が決して少なくなく、そうした支持者が「極右」とラベリングできないような、ごく「普通」な人たちだったことがうかがえます。(東洋経済 [2019/1/12])
また、近年のブラジルではプロテスタントの福音派が信者数を増やしており、彼らは同性愛者の権利拡大に反対しています。ボルソナロは福音派の大臣を入閣させており、そうした宗教上の支持基盤があることも、ボルソナロ大統領誕生の背景にあるでしょう。
同性愛をめぐる「進歩」と「反発」
ところで、ブラジルは同性愛について、進歩的な法体制を整備してきています。
2010年には同性カップルの養子縁組を合法化。2013年には同性婚を法的に認めています。
一方で、こうした法整備の動きに対抗するバックラッシュの動きも見逃せません。
2017年の一年間だけで、LGBTQの人が殺される殺人事件は445件起きたというデータもあります。(Reuters [2018/11/3])
また、2017年には、同性愛を「病気」として「治療」することを禁止する法律を連邦判事が却下。つまり、同性愛を「病気」として扱い、「治療」することを許可したということです。
そして、ボルソナロ大統領の当選と就任。平然と同性愛嫌悪を公言する人が、ブラジル国内で最高の権力を持つことになりました。
パブロの政治的スタンス
Embed from Getty Imagesさて、ボルソナロ大統領についてはここまでにしておいて、いよいよPabllo Vittarの政治的なスタンスを見ていきましょう。
パブロは、LGBTQの代表として「ロールモデル」でありたいということを、ことあるごとに語っています。そして、ロールモデルとして同性愛嫌悪と戦い、当然のこととして「反ボルソナロ」を掲げ、選挙での投票を呼びかけてきました。
ここから、時系列で彼女のインタビューや記事をたどっていきましょう。
LGBTQのロールモデル
インタビューでの回答
まず、Billboard(ビルボード)のインタビュー記事を紹介します。このインタビューで、パブロは「2017年にもなって、まだゲイの転向療法みたいなことを議論しているのは、ばかげてる」として、法律却下を批判。
ブラジルのLGBTQの若者に向けて、こう語っています。
すこしずつ変わってきてはいますが、私たちが自分にふさわしい敬意をすべて社会で得るために、道のりはまだまだ長いです。この状況で一番大事なことは、私たちが団結して、戦いを決してあきらめないことです。
Billboard [2017/11/16]
SNSで若いフォロワーがたくさんおり、LGBTQの若者のロールモデルであることを意識しているかという質問に対しては、こう回答。
私は彼らの代弁者だと思っています。彼らと同じように私も子供だったし、毎日経験するようなことをたくさん経験してきました。私はアーティストなので、学校や職場、街角で受けるようないじめをされることはありません。だから、私は自分の立場を使って、子供たちに、あなたは一人じゃない、何にでもなれるんだ、ということを示したい。自分の夢を信じていれば、悪いことはあなたになんの影響も与えない、ということも。あと、たくさんの人があなたに「No」と言ってくるけれど、本当に必要な「Yes」は、自分の内側から出てくる、ということも。
Billboard [2017/11/16]
“Indestrutível”「破壊されえない」
2018年4月には、ファースト・アルバム“Vai Passar Mal”(ヴァイ・パサール・マウ)の最後をかざる曲、“Indestrutível”(インデストルチーヴェウ)のMVを公開しています。
MVは、ゲイでいじめらている少年が主人公で、「ブラジルのLGBTQ+の若者のうち、73%が学校でいじめや暴力の犠牲となっている」というテロップから始まります。
歌詞は、どんなひどい目にあっても未来は必ずひらける、というもの。ダンス・ミュージックが多いパブロの中でも珍しいメッセージ・ソングです。
“Indestrutível”(インデストルチーヴェウ)という言葉は、「破壊されえない」、「壊れない」、という意味で、歌の最後に登場します。歌詞全文はこちらの外部サイトでご確認ください。
Se recebo dor, te devolvo amor
E quanto mais dor recebo
Mais percebo que sou
Indestrutível
“Indestrutível”
(意訳)「私が痛みを受け取ったら、あなたには愛を返す
痛ければ痛いほど、自分が破壊されえない(indestrutível)ことが分かる」
MVは、オーディエンスの喝采を受けたパブロが、次のようなスピーチをして終わります。
ありのままの自分、なりたい自分に対して、偏見をもたれるのではなく、敬意をもたれるようになる時が来ました。同性愛嫌悪の人に向かって言ってやりましょう、『これが私ですけど?』
Pabllo Vittar
こうした楽曲を見てみても、パブロがデビュー当初から、ブラジル社会の「同性愛嫌悪」と戦う姿勢をとり、ロールモデルであろうとしていたことが分かると思います。
2018年10月のブラジル総選挙
ブラジルは4年おきに総選挙をして、大統領、議会、州知事、州議会を刷新します。ボルソナロが大統領として選ばれたのは、2018年10月に行われた総選挙でした。
この選挙をめぐって、パブロがどのような政治的スタンスでいたかを見てみましょう。
アダジ支持を表明
2018年大統領選で、パブロはもちろんボルソナロを批判。労働者党のアダジ候補を支持することを表明して、ファンに投票を呼びかけました。
ブランドの契約打ち切り
さらに、2018年9月、靴ブランドのVictor Vicenzzaのアカウントが、インスタグラムでボルソナロを「フォロー」し「いいね」すると、パブロはインスタのストーリーで、該当ブランドとの契約打ち切りを宣言。「反ボルソナロ」、「反同性愛嫌悪」の姿勢をビジネスでも貫きました。(gkpb.com [2018/9/3])
「#EleNão」
一方、ボルソナロに抗議する女性たちを中心に、「#EleNão」というハッシュタグのもと、反対運動が起こりました。“Ele não”「エリ・ナン」というのは、英語では”Not him”、日本語にすると「彼ではない」という意味です。フェイスブックでの連帯から始まり、ブラジル各地でデモが発生。こうした動きを受け、パブロもショーで「Ele não!」と声を上げています。(E News [2018/9/26])
闇の中の虹
ところが、2018年10月7日の総選挙の結果、ボルソナロの得票率は46.2%、アダジは29.1%で、大きく引き離されました。誰も過半数を得なかったため、ボルソナロとアダジ、どちらかを選ぶ決選投票が10月28日に行われましたが、アダジが44.9%の得票率で破れ、55.1%を獲得したボルソナロが大統領に当選。
なお、この決戦投票を前に、多くの文化人が自分の政治的スタンスをSNSで表明し、ボルソナロを支持するか、アダジを支持するかで対立したようです。(Correio Braziliense [2018/10/15])
決選投票の結果を受け、パブロはインスタグラムで、暗闇の中うかびあがる虹の写真とともに、“eu resisto”(エウ・ヘジスト)、「私は抵抗します」という言葉をアップしています。
“Não Para Não”
ところで、2018年10月4日には、パブロの2枚目アルバム“Não Para Não”(ナン・パラ・ナン)がリリースされています。このアルバムは国内外で高い評価を得て、パブロは数々の音楽賞を受賞することになりました。
ボルソナロ政権の始まりが、パブロのアーティストとしてのキャリアにおいて重要な時期だったことは、偶然の一致以上に大きな意味があるように思います。
ワクチン接種の呼びかけ
2020年には、COVID-19によるパンデミックが発生。この記事で先にふれたとおり、ボルソナロ大統領は「反行動制限」、「反ワクチン」にこだわりました。
そんな中、みずからワクチンを接種し、SNSを通じて接種を呼びかけるアーティストが続出。パブロも注射器でワクチンを打つ瞬間を写真で公開し、ワクチンが安全であること、政治が原因でたくさんの人が死んでいることを訴えました。(UOL [2021/8/16])
ルラ支持の表明
2022年10月に、ブラジルは総選挙を控えています。パブロは候補者の中でもルラを支持することを表明し、投票を呼び掛けています。
ルラはブラジルのかつての大統領で、サッカーのワールドカップやオリンピックを招致した立役者であり、左派の政治家として貧困層から絶大な支持を得ましたが、任期終了後は汚職で逮捕され、収監された人物です。
Embed from Getty Imagesルラとは?ブラジルの最近の政治状況
ルラについて、長くなりますが、もう少し詳しくまとめておきます。
彼はもともと貧しい農家の出身で、職工となり労働組合での活動経て、労働者党 (PT)を結成。2002年10月の大統領選で勝利し、2003年から大統領となりました。
このとき、ブラジルが誇る音楽アーティスト、Gilbert Gil(ジルベルト・ジル)を文化大臣に任命しています。なお、ジルベルト・ジルは音楽活動に専念するため、2008年に自ら辞任しています。
ルラは貧困の撲滅を掲げ、低所得者に条件付きで現金給付する「ボルサ・ファミリア」(Bolsa Família、「家族の財布」)という政策を実施。貧乏な人たちの収入が増えれば、内需も拡大し経済全体が良くなる、という構想でした。
この政策によって財政が悪化し、政治腐敗も批判されましたが、高い支持率を維持。ルラは大統領を2期、8年間務めました。憲法により3選は禁止されているため、任期満了をもって退任し、後任としてブラジル初の女性大統領となるルセフを指名しています。
ところが、2011年就任したルセフ大統領は、支持率が低迷。2015年には、前年から内偵が始まっていたブラジル「史上最大」の汚職事件、「ラバジャット」(Lava Jato)の捜査が、与党政治家やルラ元大統領周辺にまで及びました。
「ラバジャット」というのは、車の洗車場(lava jato)を利用したマネーロンダリング疑惑から捜査が始まり、芋づる式に政財界の大物が逮捕されていったためについた名称で、英語では「オペレーション・カー・ウォッシュ」とも呼ばれています。
ブラジルの国有石油会社ペトロブラスを中心に、ゼネコン、電力事業社、銀行、そして与党や前大統領までもが絡み、贈収賄と資金洗浄で各々が不正な利益を得ていたことが、次々と判明。
2016年にはルラが逮捕され、収賄罪などで有罪判決を受け、収監されるに至りました。
ルセフ大統領も収賄罪を問われ、2016年に罷免されています。
2016年から2018年までは、ルセフ政権で副大統領だったテメルが大統領に就任し、残りの任期を務めたものの、支持率は下がる一方でした。なお、リオデジャネイロ・オリンピックの開会式にはテメルが出演しています。
こうした政治不信を受け、2019年、ボルソナロが大統領に就任。極右の異例の大統領でしたが、汚職の撲滅を願う民意が反映された結果と言ってよいでしょう。
ところが、ボルソナロ政権はパンデミックの対応を誤り、経済政策についても、国際情勢や外国の需要・供給といった、内政ではどうにもならない要素に左右されるため、国民の期待に応えることができませんでした。
そんな中、2022年10月に総選挙が行われます。この日程を見越してなのか、2021年3月、ブラジル連邦最高裁は、ルラ元大統領の過去の司法手続きを無効とする判決を下しました。この司法判断によって、ルラは2022年の大統領選に出馬することができるようになりました。
こうして、大統領選は、ボルソナロ大統領とルラ前大統領の一騎打ちとなり、2021年10月の世論調査ではルラが優勢のようです。(時事通信 [2022/1/3])
2022年のロラパルーザ・ブラジル
このような状況のなか、2022年3月25日から3日間、サンパウロで開催された音楽フェス、ロラパルーザ・ブラジルは、“Fora Bolsonaro!”(フォラ・ボルソナロ)、「ボルソナロ出てけ!」という掛け声であふれたと言われています。(The Guardian [2022/3/27])・(ブラジル日報 [2022/3/29])
Embed from Getty Imagesもともとルラに投票するよう呼び掛けていたパブロは、25日のステージで”Fora Bolsonaro!”(フォーラ・ボルソナロ)、「ボルソナロ出てけ!」と叫び、ルラの顔が大きく印刷された布をたなびかせています。
これに危機感をもったボルソナロ大統領の政党、自由党(PL)が申し立てをし、高等選挙裁判所(TSE)の判事は、政治的デモの禁止と違反に罰金を科す旨を発表。事実上のボルソナロ批判の禁止です。
この動きに対して、検閲だという批判が噴出。反ボルソナロを表明するアーティストがさらに続出しました。
最後に
長くなりましたが、ここまで、Pabllo Vittarの政治的な言動をまとめ、彼女がLGBTQの尊厳を守るためにロールモデルであろうとしてきたこと、そして同性愛嫌悪のボルソナロを一貫して批判してきたことを見てきました。
出典を忘れてしまったのですが、パブロは、「女装して歌うということ自体がそもそも政治的であり、それゆえ、政治的な意思表明をするのも当然だ」、というようなことを言っています。自分らしく生きようとしたとき、それを封殺しようとしてくる社会的・政治的圧力があるからこそ、政治的に戦わざるを得ない、ということです。
ボルソナロ批判をするアーティストは多くいるものの、その中でも、若者のあいだで人気のアーティストとして、そしてドラァグ・クイーンのスターとして、パブロは世界的に注目されてきました。
ブラジルの軍事政権下、トロピカリア運動が起こったように、ボルソナロ政権下において、Pabllo VittarをはじめとするLGBTQアーティストが活躍をみせていることに、私は何か似たものを感じます。
なお、ボルソナロに関しては、ブラジルのかつての軍事政権を彷彿させるため、とくに問題視されているようです。ボルソナロ政権の最初の閣僚22人のうち、6人が軍出身者であったことや、ボルソナロ自身が軍事政権時代を肯定する発言をしていることから、今後、軍事クーデターのようなことが起きるのではないかと危惧する声も上がっています。
軍事政権時代を含めたブラジル近代史については、この記事では扱いませんでした。長い記事ではあれ、本当にごく最近のことしか触れていない、ということをご承知おきください。
ボルソナロ就任までのブラジル現代史については、『現代ブラジル論』(2019年、上智大学出版)を参考に、この記事をまとめました。ブラジル現代史についてもっと詳しく知りたいという方におすすめの一冊です。
2022年10月に総選挙を控え、ブラジルは今、政治的な岐路に立っていると言えます。カリスマ的なルラが優勢とはいえ、有力候補が2人とも高齢で、国際情勢も急速に変化する中、何が起こるのか分かりません。暴力的な混乱なく選挙が実施されることを願うばかりです。