ラテンポップスを楽しむための、音楽ジャンルまとめ
ブラジル音楽に限らず、ラテンポップスを聴いていると、いろいろなジャンルの音楽があることに気付かされますよね。「この曲はソカ」とか、「このリズムはレゲトン」とか、曲の紹介でもジャンル名がよく使われます。
でも、初めて聞く名前のジャンルに出会ったとき、「グーグルやウィキペディアで検索してみても、説明が詳しすぎて、逆によく分からなかった」という経験はありませんか?
そこで、この記事では、
「レゲエとレゲトンって、何が違うの?」
「サルサとメレンゲって、違いは何?」
「バチャータとは、何?」
そんな方のために、ラテンアメリカのスペイン語圏の音楽について、簡単な説明と、代表的な曲を、ラテンミュージック初心者でも分かりやすいようにまとめてみました。
その際、もはや古典ともいえる代表曲と、最新のアレンジがされたヒット曲をそれぞれ紹介し、聴いて比較できるようにしました。時代もアレンジも違う、ふたつの曲を聴けば、ジャンルのおおまかなイメージがつかみやすいと思います。
個人的にディーヴァが好きなので、女性歌手が多めですが、あらかじめご了承ください。
また、あくまで「分かりやすさ」重視の説明のため、専門家の視点では問題のある表現もしてしまうかもしれません。より詳しい説明は、他のサイトや書籍のほうが優れていると思うので、そちらをご参照ください。
なお、ブラジル音楽のジャンルについての記事も書いています。よければこちらもどうぞ。
それでは、ひとつひとつ見ていきましょう。
各ジャンル紹介
Salsa(サルサ)
サルサとは、ずばり「Kaldi(カルディ)でかかってる音楽」のことです。それ以上の説明をしようとすると複雑になるので、よく分からない方は、とりあえずカルディに行ってみることをオススメします。
特徴的なリズムで、サルサを踊ろうとするなら、ステップを身につけるためにダンスのレッスンが必要になるでしょう。
キューバの伝統音楽をもとに、アメリカのニューヨークで1960年代以降、プエルトリコ系移民のあいだで流行した音楽とダンスのようです。
サルサの女王、Celia Cruz(セリア・クルス)は、1925年にキューバで生まれ、革命とともに亡命し、アメリカで活躍したアーティストです。2003年に亡くなるまで、アルバム制作もライブ活動も精力的におこない、テレビや映画にも出演して、サルサ歌手として明るさをふりまいてきました。
ここに貼った曲“La Vida Es Un Carnaval”(ラ・ヴィーダ・エス・ウン・カルナヴァル)は、訳すと『人生はカーニヴァル』というタイトルで、動画は2000年のライブのものです。セリアクルスの決まり文句、“Azúcar!”「アスーカル!」(お砂糖、という意味)が聴けます。彼女の存在感に圧倒されるし、力強い歌声も、聴いていて元気が出ますよね。
Camila Cabello(カミラ・カベロ)は、キューバで生まれアメリカで活躍する、いま大人気のアーティスト。この曲は、Ed Sheeran(エド・シーラン)との共作で、2022年のリリースです。アルバム“Familia”(ファミリア)の先行シングルでもあり、アルバム内には、セリア・クルスへのオマージュである”Celia”(セリア)という曲も収録されています。
“Bam Bam”(バンバン)は、伴奏にサルサが入り込んでおり、なによりサルサの「明るさ」があります。そして曲が盛り上がるところで、”¡Pónganle azúcar, mi gente!”(ポンガレ・アスーカル・ミ・ヘンテ)「皆さん、お砂糖入れて!」と叫ぶところも、サルサの女王への敬意が表れています。
Merengue(メレンゲ)
メレンゲはサルサに似ていますが、二拍子で、頭打ちのリズムです。アップテンポな曲が多いのも特徴でしょう。
普通に歩いてるだけみたいなダンスで、運動音痴な私でもなんとなく踊れるくらい、誰でも踊って楽しめる音楽だと思います。
19世紀半ば、ドミニカ共和国発祥なのも、サルサと違います。
メレンゲの代表曲というわけではありませんが、サルサとの違いが分かりやすいと思うので、セリア・クルスのこの曲を紹介します。最初に「メレンゲ!」と宣言するところから始まり、アップテンポで、「プンプンカタル~」と口ずさみながら足踏みしたくなる一曲です。
今のラテンアメリカで最も注目されているアーティスト、プエルトリコのBad Bunny(バッド・バニー)の曲。2022年のアルバム“Un Verano Sin Ti”(ウン・ヴェラーノ・シン・ティ)「君のいない夏」に収録されています。
最初はドラムマシンなしの幻想的なエレクトロミュージックですが、途中から一気にアップテンポの二拍子になります。ドミニカ共和国のアーティストDahian el Apechaoという方が作曲した、生粋のメレンゲです(詳しくはこちらの外部記事をお読みください)。
Bachata(バチャータ)
バチャータは、20世紀前半、ドミニカ共和国で生まれました。
多くの中南米の音楽が、黒人やインディオの音楽をベースにしている中、バチャータは、まぎれもなくヨーロッパの「スペイン系」の音楽です。楽器に特徴があるようですが、素人の私が聴くと、スペインの伝統音楽と区別がつきません。
ゆっくり、しっとりした雰囲気で、恋のつらさを歌うラブバラードが多いのも特徴のようです。
バチャータの祖、José Manuel Calderón(ホセ・マヌエル・カルデロン)の1960年代初頭の曲。
片思いのつらい気持を歌っています。哀愁ただよう音楽で、スペインの古都で聴こえてきてもおかしくない感じがします。
スペインの鬼才、Rosalía(ロザリア)と、The Weeknd(ザ・ウィークエンド)の2021年のコラボ曲で、2022年発表のアルバム“Motomami”(モトマミ)の先行シングルです。
ぱっと聴くと最新のエレクトロミュージックですが、その根底にバチャータがあるのが分かると思います。La fama(名声)という女性形の抽象名詞を「悪い恋人」にたとえた歌詞も、バチャータの伝統にのっとっていると言えるでしょう。
このMVは、映画『フロム・ダスク・ティル・ドーン』に模しているのか、最初に俳優のダニー・トレホが出演しており、エンドクレジットでロザリアと仲良さげに写真撮ってるところまで、見どころがたくさんあります。
ロザリアは、レゲトンでも独創的な面白い曲をたくさん作っていて、今後の活動から目が離せないアーティストです。
Cumbia(クンビア)
クンビアはコロンビアの伝統的な音楽で、1940年以降ラテンアメリカで流行しました。「ズンジャカ、ズンジャカ」というリズムが特徴のようですが、リズムも楽器も柔軟に解釈され、中南米の各国で独自の進化をとげているようです。
Gabriel Romero(ガブリエル・ロメロ)は、1943年コロンビア生まれのアーティスト。1980年の曲で、最初に「クーンビアー!」と叫んでおり、リズムも典型的なクンビアです。陽気なようで、独特の郷愁がありますよね。
2022年のクンビアの曲。レゲトンが席巻するラテンポップス界で、クンビアのこの曲は新鮮なノスタルジックさがあります。参加者が多いので、一人(一組)ずつ紹介しましょう。
女性歌手は、メキシコのSofia Reyes(ソフィア・レイェス)。ふだんはレゲトンをよく歌っています。日本でもワーナーで紹介されています。
おじさんおばさんのバンドは、Los Ángeles Azules(ロス・アンヘレス・アスレス)。メキシコのクンビアで有名なバンドで、1980年から活動を続けている大ベテランです。この方たち、素敵ですよね。
男性歌手は、コロンビアのシンガーソングライター、Esteman(エステマン)。ここで紹介した曲はGeorgel(へオルヘル)というアーティストと共同で作曲したようです(こちらの外部記事をお読みください)。エステマンは、ふだんは都会的なポップスをやっています。
Calypso(カリプソ)
カリプソは、「カリビアン」、「トロピカル」といった表現がぴったりの、楽しい、とろけるような音楽です。
17世紀にトリニダード・トバゴの奴隷のあいだでひろまった音楽が起源となっているようです。19世紀の奴隷解放とともに発展し、20世紀初頭から戦後にかけて、世界的な大流行をみせました。
ところで、ギリシア神話でCalypso(カリュプソー)といえば、人里離れた島に住み、海で遭難した将軍オデュッセウスを助け、何年も一緒に暮らした女神の名前。ジャンル名がカリプソとなり、欧米でヒットした背景には、ヨーロッパ人の「異国の島への憧れ」があったのでしょう。
なお、1970年以降は、もっとアップテンポでエネルギッシュな「ソカ」が、古典的なカリプソの代わりに流行していきました。また、カリプソからスカやレゲエが生まれたとも言われています。
カクテルみたいなタイトルですが、歌詞は、中南米の女が北米の男相手に売春していることを風刺するもの。アメリカの作曲家に盗作されて大ヒットし、その後裁判になってクレジットが訂正された経緯をもつ曲です。
この音源では、カリプソの女王、Calypso Rose(カリプソ・ローズ)が歌っています。カリプソローズは、彼女の生涯を紹介する映画も公開され、日本でも有名なカリプソニアン(カリプソのアーティスト)と言えるでしょう(映画のオリジナルサイト)。
ブラジルのカリプソはブレーガ?
ところで、不思議なことに、ブラジルで「カリプソ」というと、2000年代にブラジル北部(カリブ海近く)で流行したBrega Pop(ブレーガ・ポッピ)を指すことが多いようです(ウィキペディア情報)。
「ブラジル音楽のブレーガとは何?」という方は、ぜひ次の動画をご覧ください。
ブレーガ・ポッピの代表的なグループ、Companhia do Calypso(コンパニア・ド・カリプソ)のライブ映像です。
誤解を招く表現かもしれませんが、「ダサ楽しい」感じがしますよね。「ズンチャチャズンチャッ」というベタなリズムと、文字通り「チープ」な編曲によるのでしょう。なにせポルトガル語でbrega(ブレーガ)とは、「チープな」という意味。「高尚」「洗練」という言葉の180度逆をゆくような、ひたすら楽しい音楽が、ブレーガだと思います。
このブレーガという音楽は、もとをたどれば、トリニダードトバゴのカリプソの影響も受けて出来上がった音楽のようです。じっさい、ブレーガには名前に「カリプソ」が付くグループが多くいます。Banda Calypso(バンダ・カリプソ)、Companhia do Calypso(コンパニア・ド・カリプソ)…。ただ、ブレーガはやっぱり「ズンチャチャズンチャッ」というリズムとチープさが魅力なので、音楽的にはカリプソと違うように私は思います。
なお、先に紹介したコンパニア・ド・カリプソの曲はふたつとも、ブラジルのドラァグクイーンのアーティスト、Pabllo Vittar(パブロ・ヴィター)が2021年にカバーしています。
パブロ・ヴィターはブラジル北部で生まれ育っており、ブレーガを聴いて育ったようです。この曲は、2021年のアルバム“Batidão Tropical”(バチダンゥ・トロピカウ)に収録されています。衣装も見事に再現し、コンパニア・ド・カリプソへの愛が感じられます。
Soca(ソカ)
ソカは、カリプソ由来のアップテンポなダンスミュージックで、1970年代に生まれました。カリプソ同様、トリニダードトバゴ発祥の音楽です。
ソカの祖とされるLord Shorty(ロード・ショーティ)の“soul of calypso”(ソウル・オブ・カリプソ)という言葉の頭文字から、「ソカ」というジャンル名が生まれたそうです。
ソカは割と専門的な名前なので、ソカであっても、「カリプソ」と表現される場合も多い気がします。
タイトルはその名も「オーム・シャンティ・オーム」。「えっ、インド?」とびっくりするタイトルですが、どうやらトリニダードトバゴはインド系移民が多いらしいです。1974年の曲で、アップテンポでトロピカルな感じがいいですよね。
2021年の曲。ブラジルのLudmilla(ルジミーラ)、アメリカのヒスパニック系歌手Mariah Angelip(マライア・アンジェリク)、ジャマイカのMr Vegas(ミスタ・ヴェガス)のコラボです。
タイトルの“Socadona”(ソカドナ)は、「ソカ(Soca)の女(dona)」と、ポルトガル語のsocar「殴る、すり潰す、挽く」をかけているのでしょうか。MVではライムみたいな果実を叩き潰してます。イントロを聴いた瞬間からテンションが上がるような曲です。
Reggae (レゲエ、ヘギ)
レゲエは1960年代、ジャマイカで誕生した音楽。裏打ちで、南国的な「ゆるさ」のあるリズムが特徴です。ジャマイカは英語圏だし、レゲエは日本でも特に人気のあるジャンルなので、ここで説明するまでもない気がしますが、後で出てくるレゲトンと区別するために、あえて取り上げておきます。
レゲエの神様、ジャマイカのBob Marley(ボブ・マーリー)。
つい踊りだしたくなるような明るいメロディーですが、歌詞ではアフリカ系人種の受難の歴史を歌っています。「バッファローソルジャー」とは、アメリカの南北戦争で結成された北軍の黒人連隊のこと。この曲は、ボブマーリーの死後、1983年にリリースされました。ビデオはどういう経緯で作られたのか知りませんが、途中でボブマーリーの生前の映像も出てきます。
ブラジルのR&Bアーティスト、Iza(イザ)の2019年の曲。ひたすら明るくて楽しい、レゲエのポップスです。コードだけでなく、「イェッイェッイェッイェ~」と歌うところまで、ボブ・マーリーっぽいですよね。
Reggaeton(レゲトン)
レゲトンは、1990年代にアメリカのプエルトリコで誕生して以来、南北アメリカで大流行しているジャンルです。レゲエ、Hip Hopの影響を受けたダンスミュージックで、8拍を「3-3-2」で刻むような独特のリズムに特徴があります。
20世紀後半の欧米で、エイトビートがロックとともに大流行したように、いまのラテンアメリカでは、レゲトンが主流のリズムとなりつつあるように思います。
2004年のDaddy Yankee(ダディー・ヤンキー)の曲。レゲトンが世界から注目されるようになったきっかけの曲とされています。ビデオは古い感じがしますが、音楽は、今聴いてもすごい熱量がありますよね。
こういった「ヤバい」雰囲気のレゲトンでしたが、バラードで有名だったLuis Fonsi(ルイス・フォンシ)がレゲトンを歌い、爆発的にヒットして、大衆的なポップミュージックになっていきました(リンクはYoutubeに飛びます)。
スペイン語圏への進出を目指してきたブラジルのAnitta(アニッタ)は、積極的にスペイン語でレゲトンの曲を歌ってきました。その戦略は大成功し、この曲は、Spotifyの再生ランキングでブラジル人として史上初の「世界1位」を獲得しています。
ところで、こうしてMVを見比べてみると、2004年時点の「セクシー」と、2021年のアニッタの「セクシー」が、もはや別次元で、感慨深いものがあります。
最後に
ここまで、ラテンアメリカのスペイン語圏の音楽ジャンルをひとつひとつ見てきました。この記事が、たくさんあるジャンルを整理し、ラテンポップスを楽しむために少しでもお役に立てば、うれしいです。
とはいえ、ジャンルをたった二曲で語ることには、無理があったかもしれません。とくに、ラテンアメリカの音楽は、ダンスと切っても切れない関係にあり、そのダンスに言及せず音楽だけを語ることはできないと思います。また、楽器の種類、リズムや、歴史的背景も、音楽を深く理解するためには知らなければいけないでしょう。
そして、アメリカ人にとってのカリプソと、本場トリニダードトバゴ人にとってのカリプソ、ブラジル人にとってのカリプソ、それぞれが全然違うものであったりすることも、ジャンルの全容をつかむためには、ひとつひとつ整理する必要があると思います。
私自身、記事を書きながら、もっと勉強しないといけないなと痛感しつつ、試行錯誤しながらまとめました。
なお、最近の曲ありきでまとめたので、「総まとめ」と銘打ったわりには、アルゼンチンのタンゴのような重要なジャンルが抜けています。今後「タンゴっぽいポップスの曲」を見つけ次第、追記していきたいと思います。