「パゴージ」とは何?
ブラジル音楽のジャンルのひとつ、「パゴージ」(Pagode、パゴーヂ)。「サンバ」(Samba)と一緒にまとめて「サンバ・パゴージ」と扱われることも多く、なんとなく「パゴージってサンバのことでしょ」と認識し、それ以上は追求せず過ごしているという方も少なくないでしょう。
私もそうでした。それで困ることも無かったです。
ただ、「この作品はパゴージだけれど、こっちの作品はサンバ」と区別することがあります。その違いは何なのか。言語化してみようと思うと、途端に困ってしまうことに気づきました。
「パゴージとされる曲と、サンバとされる曲を聴き比べても、決定的な違いが分からない…。」
「楽器や演奏スタイルが違うらしいけれど、音源を聴いたりライブ映像を見るかぎり、どちらも同じような気がする…。」
そこで、パゴージとは何か、パゴージとサンバの違いはどこにあるのかを、サンバ初心者なりに調べてみました。
なのでこの記事は、ブラジル音楽に詳しい方からすれば「何をいまさら」といった内容で、楽器や音楽史など専門的知識に欠けるところもあると思います。ただ、詳しい説明は専門的な本やWikipediaに書いてあるので、あくまでもパゴージを聴いて楽しむために「最低限これだけは」という内容をまとめておきます。ブラジル音楽初心者の方が「パゴージとはこんなもの」というイメージをつかむ手助けになれば嬉しいです。
パゴージはサンバの一種
「パゴージ」(Pagode)とは、ブラジル独自の伝統音楽「サンバ」(Samba)の一種です。ジャズの中にビバップがあり、ロックの中にオルタナティヴがあるように、サンバの中にパゴージがある、という認識でまず間違いありません。
そして、まさにロックとオルタナティヴをジャンル名として使い分けるのと同じように、サンバとパゴージという2個のジャンル名を使い分けるときは、音楽の歴史が関わってきます。
そこで、まずサンバの歴史を簡単に見ておきましょう。ただ、「サンバの歴史」というテーマは重すぎるので、私には扱いきれません。この記事では、パゴージと関係することだけを簡単にまとめておきます。
サンバの歴史
サンバの誕生
サンバが誕生したのは、20世紀の初め、リオデジャネイロのファベーラ(スラム街)です。
もうちょっと歴史をさかのぼると、19世紀頃に奴隷貿易の港があったバイーアでは、黒人奴隷たちのあいだでアフリカの文化が引き継がれ、それがサンバの源流になったと言われています。1888年、世界で最も遅くブラジルでも奴隷解放が実現すると、解放されてリオに流れ着いた元奴隷たちは、ファベーラに独自のコミュニティーを築きあげ、サンバを生み出しました。
サンバの流行
当初、サンバは「浮浪者」の文化として当局から迫害を受けましたが、白人たちもサンバに魅了されていきます。
とくに、サンバがキリスト教のカーニバルで演奏されるようになり、サンバ・チーム(Escola de samba、「エスコーラ・ヂ・サンバ」)が次々と成立してパレードを競い合うようになると、人気が過熱。
1930年代になると、ラジオやレコードが普及するのと共に、「ブラジルらしい音楽」として国内外にひろく知られてゆくことになりました。(なお、1930年代はヴァルガス軍事政権の時代でもあります。軍事政権の政治的意図から、サンバが「国民」的音楽として利用されたという見方もあります。)
街中のセッション、パゴージ
さて、いよいよパゴージの話です。
一言でまとめると、パゴージとは、1970年代以降の商業的でポップなサンバだと言うことができます。演奏スタイルに注目するならば、パゴージはバンドが演奏して気軽に楽しむスタイルのサンバです。
どういうことか、ここから詳しく説明します。
もともとブラジルの黒人文化では、住宅の裏庭で宴会をするとき、居合わせた者どうしで音楽を演奏して楽しむ習俗があったようです。そのようなパーティーはPagode(パゴージ)と呼ばれ、とくにサンバのセッションはRoda de Samba(ホーダ・ジ・サンバ、「サンバの輪」)と呼ばれました。
食事やお酒もまじえ、みんなで演奏したり歌ったりして楽しむ、パーティーのセッション。「これこそパゴージ」といえる動画があります↓
2016年にパゴージの聖地でおこなわれたRoda de Samba(ホーダ・ジ・サンバ)、すなわちライブセッションです。テーブルを囲んで演奏しているバンドは、Fundo de Quintal(フンド・ジ・キンタウ)というパゴージの超大御所。途中から出てくる赤いシャツのおじさんが、Zeca Pagodinho(ゼカ・パゴジーニョ)というパゴージのスター歌手です。
欧米のライブやセッションとはイメージが違う、和気あいあいとした楽しい雰囲気が、動画を見ている側にも伝わってきますよね。これこそがパゴージであり、「カーニバルのサンバ」とは違ったスタイルの音楽の楽しみ方なのでしょう。
パゴージの歴史
1970年代末 ”Vou Festejar”
もともと裏庭のサンバとでもいうような形で存在していたパゴージが世間の注目を集めたのは、1970年代末でした。
Beth Carvalho(ベッチ・カルヴァーリョ)という白人女性歌手が、パゴージを「発見」し、パゴージの優れた在野アーティストと共演していきます。
さきほど紹介したFundo de Quintal(フンド・ジ・キンタウ)も、ベッチとの共演をきっかけに一躍有名になり、パゴージの代名詞ともいえる存在になりました。ちなみにFundo de Quintalというバンド名は、ポルトガル語で「裏庭の奥」という意味です。
Beth Carvalho(ベッチ・カルヴァーリョ)が歌う“Vou Festejar”(ヴォウ・フェステジャール)という名曲の、リリース当時のライブ映像です。熱狂的な躍動感にあふれていて、ここからパゴージ旋風が起こるのも納得がいきますよね。
1980年代 ”O Show Tem Que Continuar”
1980年代になると、パゴージは大流行し、「歌謡曲化」をとげていきます。
1986年、Zeca Pagodinho(ゼカ・パゴジーニョ)のデビューアルバムの中の一曲。ちなみに「Pagodinho」(パゴジーニョ)という名前は、「Pagode」(パゴージ)という言葉に、指小辞「-inho」をつけて愛称としたもので、無理やり訳せば「パゴージさん」みたいな感じでしょうか。さきほど紹介した動画にも登場していましたが、最近では「サンバの大御所のおじさん」というイメージが定着しているので、このアルバムジャケットを見ると、その若さに驚かされます。
ところでゼカ・パゴジーニョは、翌年の1987年にはこんな曲も発表しています↓
“Se eu quiser fumar, eu fumo/ Se eu quiser beber, eu bebo/ Pago tudo que eu consumo /Com o suor do meu emprego”
「タバコを吸いたければ吸うし、酒を飲みたければ飲む、使った分は払う、自分の仕事の汗で」という歌詞で、ゼカのヒット曲のひとつです。さきほど紹介した曲と比べて、メロディーが断然キャッチ―で覚えやすく、つい口ずさんでしまうような魅力がありますよね。
一方でこのトラック自体には、パゴージに大事なはずの「ライブ感」がありません。別に悪く言っているのではなく、あくまでも「歌モノ」だ、ということです。
このようにパゴージのアーティストがポップな曲を歌っていくことによって、ジャンル自体が、裏庭の即興セッションという原点をもちつつも、「歌謡曲化」をとげていきました。
Fundo de Quintal(フンド・ジ・キンタウ)が1988年に発表したサンバの名曲。
タイトルでありサビの歌詞でもある“O Show Tem Que Continuar”(オ・ショウ・テン・キ・コンチヌアール)は、英語にすると”The Show Must Go On”。「ショーを続けなければ」という意味とともに、舞台でも人生でも「一度始まったら何があっても最後までやり遂げなければいけない」という含みを持ちます。つらいときに聴くと心にしみる一曲です。
90年代 Pagode Românticoの誕生
90年代に入ると、バラードっぽさを増したパゴージ、その名もパゴージ・ホマンチコ(Pagode Romântico)と呼ばれる新たなパゴージがサンパウロで生まれます。「Romântico」(ホマンチコ)は「ロマンチック」という意味の言葉で、ブラジルでは情感あふれるバラードを表す言葉です。
Exaltasamba(エザウタサンバ)はパゴージ・ホマンチコの典型的なグループで、かつての主要メンバーであるPéricles(ペリクレス)やThiaguinho(チアギーニョ)は、現在ソロで活躍しています。
楽器の編成や演奏はパゴージの伝統に従いながら、歌はバラードっぽく、曲の構成も「Aメロ・Bメロ・サビ」で、一瞬「アメリカのポップスかな」と錯覚するような曲です。また、ブラジル音楽を普段から聴く人には、セルタネージョ(ブラジル独自のカントリー・ミュージック)に通じる情感も感じられるかもしれません。
言うならば「サンバと流行りの音楽のミックス」で、こうした音楽は「サンバ」とは呼ばれず、必ず「パゴージ」と呼ばれます。
そして現在、パゴージといえば、「サンバと流行りの音楽のミックス」を指すジャンル名として使われることが多いです。これに対して、Fundo de Quintal(フンド・ジ・キンタウ)やZeca Pagodinho(ゼカ・パゴジーニョ)は、「サンバ・パゴージ」という枠で扱われています。
ここまでのまとめ
ちょっとややこしくなってきたので、ここまでの話を整理しておきましょう。
- サンバという大きな枠の中に、パゴージがある。
- パゴージとは、フンド・ジ・キンタウのような音楽のことで、もとは「ライブ感」重視だったが、一方で数々のサンバの名曲を生み出してきた。
- そして「ポップさ」が追求されていった結果、パゴージ・ホマンチコが生まれた。
- パゴージ・ホマンチコのような「サンバと流行りの音楽のミックス」は、純粋なサンバとは区別され、あくまでもパゴージと呼ばれる。
- 現在、パゴージというジャンル名は、「サンバと流行りの音楽のミックス」を表すために使われることが多い。
結局、パゴージとサンバは何が違う?
さて、それでは結局、パゴージはサンバと何が違うのでしょう?「この作品はサンバ、でもこっちの作品はパゴージ」と区別するとき、何が区別の基準となっているのでしょうか?
ジャンルの原点に注目すれば、「カーニバルの音楽はサンバ」、「セッションの音楽はパゴージ」と、ざっくり説明することができます。
そしてジャンル名がどのように使われているかに注目すれば、ルーツ・ミュージックを追求するアーティストの音楽は「サンバ」と呼ばれ、それに対して最近のポップな歌謡曲化したサンバは「パゴージ」として区別されている、と言えるでしょう。
とはいえ、時代とともにジャンルの解釈も変わるものです。あまり細かく気にし過ぎないで楽しむのが一番かもしれません。
メモ 楽器について
最後に、パゴージで使われる楽器を紹介しておきます。こういった解説は、音楽専門家ではない私にとって力不足なので、メモしておくに留めます。
- Cavaquinho(カバキーニョ) 四弦の小さなギター。ブラジル特有の弦楽器。
- Banjo(バンジョー) アメリカの音楽でもお馴染みの、胴が浅い丸型の弦楽器。フンド・ヂ・キンタルがバンジョーをカバキーニョのチューニングで使い始めた。
- Pandeiro(パンデイロ) タンバリン。
- Surdo(スルド) サンバで定番の、大きめの太鼓。
- Tantã(タンタン) パゴージでスルドに代わって使われる、抱えて叩く太鼓。
- Repique(ヘピキ)あるいはRepinique(ヘピニキ) 小さめの太鼓。スティックと手で叩く。
- Repique-de-mão(ヘピキ・ジ・マウン) 手で叩くヘピキ。フンド・ヂ・キンタウが使い始めた。
参考
サンバやパゴージといったブラジル音楽について、もっと詳しく知りたいという方には、ウィリー・ヲゥーパー氏の『リアル・ブラジル音楽』がオススメです。音楽配信で膨大な数の音源にアクセスできる今、最高の「案内図」となってくれる一冊だと思います。