Poesia Acústicaの14作目、リリース
ブラジルのラップ界で大人気の企画、Poesia Acústica(ポエジア・アクースチカ)。その第14作目が2023年7月20日にリリースされ、1カ月後の8月20日時点でYouTubeの再生回数が1389万回を突破しています。
今作では、今のブラジリアン・ラップ・シーンをにぎわす8人の豪華アーティストに加え、ドラァグクイーンの歌手Gloria Groove(グロリア・グルーヴ)も出演。ラップに限らず今のブラジル音楽のひとつの金字塔として、無視できない作品です。
そこで、この記事では「ポエジア・アクスチカとは何?」という話から始め、第14作目の出演者全員を紹介します。
Poesia Acusticaとは?
Poesia Acústica(ポエジア・アクースチカ)は、インディーズ系レーベルのPineapple Storm TVが主催するサイファー(即興ラップを順番に披露すること)のシリーズです。
2017年に第1回目の音源がリリースされて以来、毎回たくさんの旬なゲストを迎えておこなわれ、どれも必ず大ヒットしてきました。2023年8月現在、すべての曲がSpotifyで数千万の再生回数を記録しており、YouTubeでは1億回を超えている作品も少なくありません。
なお、音楽レーベルPineapple Storm TVは、もともと大麻推進系の衣料品ブランドからスタートしており、アイコンもよく見ると大麻になっています。
このレーベルの主力作品ともいえるPoesia Acústicaは、直訳して「アコースティックな詩」。その名前のとおり、当初はアコースティックな演奏をバックに、決められた題のもとバラードを順番に歌うというものでした。ただ、しだいに演奏の「アコースティックさ」(電気系じゃないということ)にこだわらなくなり、13回目からは共通の題も無くなっているようです。
また、ここ数年はポップ・スターをゲストとしてむかえる傾向も見られます。たとえば、第10作目ではLudmilla(ルジミーラ)、第12作目ではMarina Sena(マリーナ・セナ)、第13作目ではLuísa Sonza(ルイーザ・ソンザ)がゲストとして登場し、話題をよびました。Ludmillaが参加した第10作目を貼っておきます。
ブラジルの「Rap」
「Rap」、ブラジルのポルトガル語で「ハッピ」と読む、独特のラップ文化にも注目です。
アメリカ的なHip Hopとはまた違い、サンバ(というかパゴージ・ホマンチコ)やファンキ、レゲエの影響も受けたと思われる独自の歌唱や世界観があるのですが、ちょっと私にはまだうまく説明ができません。
とにかく、まずは聴いてみて下さい!
第一線で活躍する旬なラッパーを迎えるPoesia Acústicaシリーズをたどれば、「ブラジルのラップってこんな感じなのか」というのが見えてくるはずです。
第14作目の顔ぶれ
“Poesia Acústica #14“の出演者は9人。ここから一人一人見ていきましょう。
Cesar MC
トップバッターのCesar MC(セザー・エミセー)は、レーベルPineapple Storm TV系のアーティストで、Poesia Acústicaシリーズの常連組です。
↑ ラップ文化はイカつい感じになりがちですが、こんなノスタルジックな曲も歌っています。歌詞ではラッパーになりたかった少年時代を回想していて、こういう曲が私は好きです。
MC Ryan SP
MC Ryan SP(エミセー・ヒアン・エシペー)は、ここ数年たくさんのヒット曲を世に送り出していて、Spotifyブラジルのトップ・チャートでもよくランクインしています。
2023年には、なんとAnitta(アニッタ)とコラボ。トップスターAnittaとコラボするまで成功した、ということでしょう。
Lourena
女性ボーカルのLourena(ロウレーナ)は、Poesia Acústicaの常連組で、R&B、パゴージ、なんでも歌える器用なヴォーカリスト。
こちらはパゴージを力強く歌っているライブ音源。歌う曲によって声質まで変わっていて、本当にすごいです。
Major RD
Major RD(マジョル・エヒデー)は、活舌(かつぜつ)のいい激しいスタイルのラッパー。昨年の”Favela Vive 5“(ファヴェーラ・ヴィヴィ・シンコ)が印象的だったので、その動画を貼っておきます。最初から2人目、動画の1分30秒あたりから登場します。
↑ ”Favela Vive”は、ファベーラ(ブラジルのスラム)の現実をラップで表現するサイファーです。その第5回目は、サンバの大御所であり政治家でもあるLeci Brandão(レシ・ブランダン)も出演し、話題をよびました。
Derxan
Derxan(デルシャン)はレーベルPineapple Storm TV系のラッパーで、今回のポエジア・アクースチカ最大の「出世頭」となるアーティストだと思います。私も、今作品ではじめて名前を知りました。
Trap(トラップ)のサブジャンルであるDrill(ドリル)やGrime(グライム)が世界的に流行する中、その国内先駆者のひとりとして認知されているらしいです。
ただ、そういったジャンルの分類よりも、Pineapple Storm TV流のアコースティックなサウンドのほうが要素として強く、音楽的に面白いことをやっています。
2023年にBig Bllakk(ビギ・ブラッキ)と共同名義で出したアルバム”Músicas Para Fumar Balã”は、最近のブラジリアン・ラップ・ミュージックの中でも出色の作品です。
↑ アルバム”Músicas Para Fumar Balã”の一曲。ブラジルのファヴェーラの現状を歌う社会派のラップで、Derxanは最初に登場します。MVでは武器をふりかざしていますが、これはアンダーグラウンドなファンキの伝統で、ファヴェーラ独自の「秩序」の象徴なのでしょう。
なお、記事の本題からそれますが、Derxanの盟友Big Bllakkは今年、単独でもアルバムを出しており、こちらも最高です。私もこの記事を書くためのリサーチで知った作品ですが、信じられないぐらい良くて、今一番リピートして聴いています。ジャケットも曲名もJorge Ben(ジョルジ・ベン)の名盤”Samba Esquema Novo”にオマージュが捧げられています。
Wiu
Wiu(ウィウ)は、ブラジルのTrapシーンの頂点に立つMatuê(マトゥエ)のレーベル30PRAUMのアーティストで、よくマトゥエと共演しており、Spotifyブラジルのトップ・チャートにも頻繁にランクインしています。
ただずまいも声も「ゆるい」感じが魅力です。2022年のフェス、Rock in Rio(ロック・イン・リオ)では、マトゥエのステージに「トレーナーにリュック」といういでたちで現れ、場をなごませました。
2022年のアルバム“Manual de Como Amar Errado“は大ヒットし、下に貼った曲は2023年8月時点でYouTubeの再生回数が1億2000万回を超えています。
Djonga
Djonga(ジョンガ)は、ブラジルで伝統的な社会派ラップの系譜を継ぐラッパーで、今回の出演者の中で一番格が高いアーティストだと思います。
2020年には、アメリカのBET Hip Hop Awards(ビーイーティー・ヒップホップ・アワーズ)で、Best International Flow(国際部門)にブラジル人として初めてノミネートされました。
最近はバラードが多い印象ですが、2017年のデビューアルバム“Heresia“の中から、人種問題を扱った楽曲を貼っておきます。Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント)の名盤”Clube da Esquina”(クリビ・ダ・エスキーナ)を模したジャケットも良いですよね。
Kayblack
Kayblack(カイブラキ)は、今年リリースされたアルバム”Contradições“が大ヒットしており、まさに今が旬のラッパーと言えるでしょう。
Baco Exu do Blues(バコ・エシュ・ト・ブルース)とのコラボ曲は、8月時点でもSpotifyのチャート50位以内に入っています。
Gloria Groove
ここまで出てきたのは皆、ブラジルのラップ・シーンを賑わすアーティストたちでした。見た目もパフォーマンスもイカつくて、全員が一部屋に集まっていたら、ちょっと入りづらいムードがありますよね──。
そんな中で異彩を放っているのが、トリのGloria Groove(グロリア・グルーヴ)です。
Gloria Grooveは、2022年のMultishow賞で「今年の歌手」部門を受賞し、もはやブラジルの「国民的歌手」と呼んでいいかもしれないドラァグ・クイーン。いろいろな曲を歌ってきたポップスのスターですが、原点はR&Bとラップにあり、ポエジア・アクスティカで見せるパフォーマンスも圧倒的です。
そして、歌で圧倒するだけでなく、不思議な包容力で全体をまとめていて、Gloria Grooveがいなかったら、TikTokっぽいステップを皆で踊ることもできなかったんじゃないかという気がします。
2020年のEP”Affair“から、R&Bの歌声が印象的な一曲を貼っておきます。
Salve Malak
最後に、プロデューサーも紹介しておきます。今回の楽曲は、Poesia Acústicaシリーズをすべて手掛けてきたSalve Malak(サウヴィ・マラキ、単にMalakとも)が制作しました。
クレジットを見るかぎり、イントロはTom Jobim(トム・ジョビン)とVinícius de Moraes(ヴィニシウス・モライス)の”Garota de Ipanema”(イパネマの娘)を使っているようで、ボサノバを基調にファンキのパーカッションも取り込んだサウンドは、まさに「ブラジルのラップ・ミュージック」だと思います。
最後に
これで最後です!
“Poesia Acústica”の第14作目は、出演者9人、14分以上の長い楽曲で、全員紹介するだけでもこれだけ長い記事になってしまいました。
でも、なんかこう、いろんな人たちが集まって、全員で音楽をつないでいくのって、いいですよね。
様々なラップスタイルのアーティストが順にリリックを披露していく様子は、どこかホーダ・ジ・サンバのような雰囲気も感じられます。
ブラジルには、音楽を大人数で楽しむカルチャーが伝統的にあるようです。だからこそ、こういった企画が可能なのかもしれません。