Crioloの5枚目アルバム”Sobre Viver”をレビュー

CrioloのアルバムSobre Viverのジャケット 作品紹介
スポンサーリンク

Criolo(クリオーロ)の5枚目アルバム、ついにリリース!

2022年5月5日、Criolo(クリオーロ)5枚目アルバムがリリースされました(日本時間では5日6日9:00)。タイトルは“Sobre Viver”(ソブリ・ヴィヴェール)

普段からMPBを聴いているようなブラジル音楽ファンのみならず、ブリティッシュ・ロックが好きな方にもオススメの一枚です。私自身、Pink Floyd(ピンクフロイド)をはじめとする初期のプログレが好きなのですが、クリオーロの新作に何か似たものを感じました。

この記事では、”Sobre Viver”の作品解説とともに、各曲をレビューします。

クリオーロとは、誰?

クリオーロは、1975年サンパウロ生まれのアーティスト。

ブラジル音楽界の重鎮、Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)が絶賛したことでも知られ、日本でもEmicida(エミシーダ)と並んで現在のブラジルを代表するラッパーとして知られています。

とはいえ、彼の音楽を「ラップ」の枠だけで語ることはできません。クリオーロの魅力は、アフロビート、サンバ、レゲエ、ジャズなど、ジャンルを横断する音楽にあります。

そして、声の力です。新作は、クリオーロの声の力をこれまで以上に実感することのできる内容になっています。

ニューアルバム”Sobre Viver”(ソブリ・ヴィヴェール)について

ラップからサンバ、サンバからラップに回帰

2017年にリリースされた前作、“Espiral de Ilusão”(エスピラウ・ヂ・イルザンゥ)は、全曲がサンバという異色の作品でした。サンバ特有の祝祭的なムード、そして普通に良いメロディーで、「クリオーロがサンバ?」という意外性だけに尽きない、すばらしい作品だったと思います。

その次のスタジオアルバムということで、一体どんな作品になるのか、まったく予想がつかない中、新作“Sobre Viver”(ソブリ・ヴィヴェール)は、「ラップ」という原点に回帰した内容となりました。

ラップ回帰の背景には、「Covid19」があったようです。

コロナがあぶりだした社会的不平等

パンデミックにおいて、ハイリスクな環境でも働きに出ざるをえない人たち、そして医療を受けることができない人たちがまず命を落とし、社会的な格差が生死というかたちで現れました。

貧富の差の激しいブラジルでは、そのような社会のいびつさに加え、政治も混迷し、コロナによる死者が続出。世界でアメリカに次いで死者数の多い国となりました。リスクにさらされ、医療にたどりつけず犠牲となったのは、富裕な白人に対して「周辺」の人たちであり、多くの黒人が命を落としたそうです。

Embed from Getty Images

妹の死 シングル”Cleane”

そして、インタビュー記事を読んで私も初めて知ったのですが、クリオーロの妹さんは、新型コロナウィルスにかかり、昨年、38歳という若さで命を落としています

“Sobre Viver”の前、2021年9月にリリースされたシングル“Cleane”は、妹さんを追悼する曲だったようです。

CRIOLO & Tropkillaz – CLEANE

この曲では、楽曲製作をプロデューサーTropkillaz(トロプキラズ)にゆだね、クリオーロはラップに専念しています。言いたいことをラップで表現する、という原点に回帰した作品になりました。

“Sobre Viver”のコンセプト

アルバム”Sobre Viver”は、コンセプトも内容も、シングル”Ceane”の延長線上にあります。

プロデューサーは、Tropkillazと、Daniel Ganjaman(ダニエウ・ガンジャマン)

クリオーロはラップで、社会的な不平等に対する怒りや、妹さんの死による悲しみを表現しています。

アルバムのテーマは、「混沌の中での希望、生きようとする忍耐力」。

ちなみにポルトガル語の”sobreviver”は、英語の”survive”と同義で、「生き残る」、「誰かが死んだ後も時を生き続ける」という意味。アルバムタイトルはこの単語が”sobre”と”viver”に分けられており、英語にすれば”on living”、「生きるということについて」という意味です。

全体の感想

さて、ここからは、私の感想を書きます。

アルバムを通して聴いた感想は、「すごいものを聴いてしまった」の一言。

複数の曲でオルガンの音が印象的で、宗教的な荘厳さがあるせいかもしれませんが、聴いているだけで、とんでもないところに連れていかれ、すごいものを覗き見たような感じがしました。聴く、というよりも、体験する、という表現が適切かもしれません。

そして、何度か繰り返し聴くと、いろいろな音楽の要素を取り込んでいながら、それが分からないくらい別次元の音楽を作り出していることに驚きました。

以下、それぞれの曲を紹介したいと思います。

各曲のレビュー

Diário do Kaos

エンジン音から始まるイントロは、なにか映画が始まるような高揚感があります。

「ラップなんかやってても親が悲しむ」みたいなことを淡々としゃべっている声を背後に、バイクが駆け出すような音がして、Hip Hopのサウンドがかかり、ラップが始まる…

と思いきや、もはやラップとは言えないような、聴いたことのないような演劇的な「詩の朗読」が始まるところが、アルバム最初の聴きどころではないでしょうか。

歌われているのは、ラップをせざるをえない、という切実な気持。

ラップが救い、ラップが世界、希望」。

クリオーロの歌声は、揺れるようで、力強くなったり、日本の演歌のようにこぶしがきいたりします。

Pretos Ganhando Dinheiro Incomoda Demais

オルガンを中心としたシンセサイザーの音が密に押し寄せる曲。ラストの管弦楽の音も映画のような緊迫感があります。

Moleques São Meninos, Crianças São Também

レゲエのようなリズムで始まり、サビではベース音が四つ打ちになります。そういったリズムゆえなのか、南国的な軽さと、寒村の重苦しさが同居しているような、不思議な曲です。

Ogum Ogum

“Ogum”、「オグン」は、ブラジルの黒人の宗教カンドンブレで信仰されている神で、戦をつかさどる鉄の神

カーボベルデ出身の歌手、Mayra Andrade(マイラ・アンドラーデ)の声は、アルバムの中で光のような存在感を放っています。二人の声が美しいハーモニーとなる一曲です。

カンドンブレの神、オシュンの像の写真。黒人の姿で、黄金のマスクやおうぎ、衣装をまとっています。
カンドンブレの神、Oxum(オシュン)の像。アフリカのヨルバ系の伝統をくむカンドンブレは、多神教です。

Sétimo Templário

ラップの「強さ」が一番出ている一曲。

音楽自体はPink Floydのような暗いロックで、その落ち着いた雰囲気が、クリオーロの声の「力」をいっそう引き立てています。

Me Corte na Boca do Céu, A Morte Não Pede Perdão

MPBの重鎮、Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント)との共演。

いちだんと神秘的な、深い、神聖な場所に入り込んだような感じの一曲です。木魚みたいな音(楽器名、分からないです…)から始まり、クライマックスで一気に管弦楽の音が重なり音が広がっていく感じが、とても緊張感あります。

なお、ミルトンナシメントとは、2020年、“Existe Amor”でもコラボし、収益をコロナによって困窮する人たちに寄付していました。

Yemanjá Chegou

一番、悲しい感じにあふれた曲。“Yemanjá”、「イエマンジャ」は、ブラジルの黒人の宗教カンドンブレで信仰されている海の女神で、母性の象徴とのこと。ギターの音やエフェクト音が、水の波紋のように感じられます。

Pequenina

チェロの写真。
弦楽奏が印象的な”Pequenina”は、アルバムの中でもとくにオススメの一曲です。(Foto de Massimo Sartirana en Unsplash

トラップでありながら、サンプリングではない生演奏の弦楽が重層的に入った、最高にかっこいい曲。

と思ったら、演奏しているのは有名なチェロ奏者のようです。名前はJaques Morelenbaum(ジャキス・モレレンバウム)

ほかに共演しているのは、Liniker(リニケル)MC Hariel(エミセー・アリエウ)、女性の声はMaria Vilani(マリア・ヴィラーニ)

Linikerは日本のブラジル音楽ファンの間でも人気のアーティストで、トランスジェンダーであることでも知られています。

個人的にすごいなと思ったのは、MC Harielです。

まだ二十代前半の若いラッパーで、先日赤ちゃんが生まれたばかりのほんとに若い男の子なのですが、豪華なコラボの中でも強い存在感を放っています。Gloria Grooveのアルバム“Lady Leste”でも一曲目に参加しており、私はそこで初めて知ったのですが、クリオーロとのコラボで、改めて要注目のアーティストだなと思いました。

Quem Planta Amor Aqui Vai Morrer

不穏な重低音と、デスメタルのようなかすれ声で、こんな表現もありなのかと驚かされた一曲。
アルバムの中で、一番とがってると思います。

Aprendendo a Sobreviver

アルバム最後を飾るのは、80年代シンセポップのようなサウンドの曲。ただ、あくまでもリズムは中南米で、クリオーロはラップを披露しています。音のエコーの効果だと思いますが、シンセポップ特有の、暗闇に光が浮かぶような感じが、心地よい余韻を残します。

最後に

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。感動さめやらぬうちに、と書いているので、かなり独断的なとりとめのない記事になってしまいましたが、作品のすごさを少しでもシェアできたらうれしいです。

クリオーロの新作は、決して気軽な気持で聴ける作品ではありませんが、「音楽の力」を改めて感じることができる作品です。つたない私のポルトガル語力では、ラップで何を言っているのかは分からず、断片的な言葉しか拾えないのですが、彼の声には、言語を超えて感情が伝わってくるような不思議な力があるように思います。

音楽的にも本当にいろんな要素を詰め込んでいて、素人の私ではとても汲みつくせないような面白さがあります。未聴の方は、ぜひ聴いてみてください!

なお、クリオーロは、新作”Sobre Viver”のリリースにあわせ、Rolling Stone Brasil(ローリング・ストーン・ブラジル)のデジタル版で巻頭を飾り、独占インタビューに答えています(2022/5/5)。このインタビュー記事を参考に、当ブログ記事を書きました。

タイトルとURLをコピーしました