Emicida(エミシーダ)とは、誰?

エミシーダ アーティスト紹介
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Emicida(エミシーダ)とは、誰?

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ブラジルを代表するラッパー

ブラジルを代表するラッパー、Emicida(エミシーダ)

ラップバトルでのしあがってきた彼は、詩や演説のようなラップと洗練されたサウンドで、世界中の音楽ファンを魅了してきました。

日本では、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボ曲Believerでも知られており、来日公演も果たしています。

初めてエミシーダを聴くなら、まずこの曲

エミシーダを初めて聴くという方にオススメしたいのは、次の一曲です。

2014年のヒット曲で、エミシーダの代表作のひとつ、“Levanta e Anda”(レバンタ・イ・アンダ)。タイトルは「立ち上がって歩け」という意味で、ラップでは貧乏だった子供時代をふりかえりながら、夢に向かって進むよう呼びかけています。共演のRael(ハエウ)のコーラスも印象的な一曲です。

Emicida feat. Rael “Levanta e Anda”

詩人、文化人、社会活動家

エミシーダのラップは、貧困や黒人差別のような社会問題をよく扱っています。

マーベル映画『ブラックパンサー』のブラジル版主題歌として、2018年にリリースされた曲、“Pantera Negra”(パンテラ・ネグラ)は、その典型です。

Emicida “Pantera Negra”

この曲は黒人に”pantera negra”(黒豹)のように強く生きることを訴えるエンパワーメント・ソングで、なんと、エミシーダ自身が歌詞を「解説」している動画があります↓

Decodificando Emicida “Pantera Negra” Parte 1

「ラッパー」から一転して、この動画のエミシーダは、どこか「先生」のような雰囲気がありますよね。歴史の授業みたいで、しかもその語り口がなんとなくラップのように音楽的なので、ポルトガル語がよく分からなくてもつい聴いてしまう面白さがあります。ちなみにこの「解説」動画は、“Decodificando Emicida”(エミシーダ解読)という題でシリーズ化しています。

エミシーダが「先生みたい」というのは、あながち間違いではありません。実際、彼は自分のテレビ番組で黒人文化を紹介したり、黒人に似合うファッション・ブランドを立ち上げたりしており、ラッパーというよりも、詩人、文化人、社会活動家といった側面も持っています。

この記事では、そんなエミシーダのバイオグラフィー代表曲と共にたどり、彼の人物像に迫ります。

エミシーダの軌跡

貧困からラップバトルの王者へ

エミシーダの本名は、Leandro Roque de Oliveira (レアンドロ・ホキ・ヂ・オリヴェイラ)。

1985年8月17日サンパウロ北部の貧しい家庭で生まれ育ちました。

先ほど紹介した曲”Levanta e Anda”のラップでも語られているとおり、小さいころ住んでいた家は、床が土むきだしの小さなバラックで、雨が降るたびに部屋中が泥だらけになったとか。

父親はアルコール依存症で、エミシーダが6歳のころ、酒場の喧嘩で命を落としたそうです。

“Ooorra”(オーハ)や“Crisântemo”(クリザンテモ)といった曲では、父を失い、貧乏と喪失感のなか生き延びなければならなかったつらさを、そのままラップにしています(リンクは外部の歌詞サイトに飛びます)。

そんな彼がラッパーとして才能を開花させたのは、10代前半のころでした。

ディージェーが音楽をかけている写真。

1990年代、ラップバトルで何度も勝ち進み、その「殺人」級の強さで仲間に知れ渡るようになります。

Emicida(エミシーダ)という名前は、MC(ポルトガル語では「エミセー」と読みます)と、ポルトガル語で「殺人者」を意味するhomicida(オミシーダ)を組み合わせて誕生しました。

2008年には、シングル“Triunfo”トリウンフォ、「成功」、「勝利」の意)を発表。この曲が正式なデビュー曲となりました。

Emicida “Triunfo”

デビュー後 2008年~2013年

デビュー後から2013年までのエミシーダのリリースを、一覧にしてまとめておきます。

2009年Mixtape
(デビュー作)
“Pra quem já mordeu um cachorro por comida, até que eu cheguei longe…”
2010年EP“Sua mina ouve meu rep tamém”
2010年Mixtape“Emicídio”
2011年EP“Doozicabraba”
2013年“Criolo&Emicida ao vivo”
2013年初のスタジオアルバム“O glorioso retorno de quem nunca esteve aqui”

このうち、EP”Doozicabraba”は、ツイートすれば無料ダウンロード可能な作品として発表されました。また、Criolo(クリオーロ)と共演したライブ音源の“Criolo&Emicida ao vivo”は、今も公式サイトで無料ダウンロードできます。

また、2013年リリースの“O glorioso retorno de quem nunca esteve aqui”(オ・グロリオーゾ・ヘトルノ・ヂ・ケン・ヌンカ・エステーヴィ・アキ「ここにいなかった者たちの栄光ある帰還」)は、ラッパーとしてのエミシーダの集大成であり、必聴の一枚です。

この記事の冒頭で紹介した代表作“Levanta e Anda”(レバンタ・イ・アンダ)や、ブラジル・ロックの女王Pitty(ピティー)とコラボした名曲“Hoje Cedo”(オージ・セード)、父について歌った“Crisântemo”(クリザンテモ)が収録されています。

Emicida “Hoje cedo” (Feat. Pitty)

また、アルバムには収録されていませんが、次に紹介する映画のサントラの曲も見逃せません。

Emicida “Aos Olhos de uma Criança”

“Aos Olhos de uma Criança”(アオス・オーリョス・ジ・ウマ・クリアンサ)は、2014年に公開されたブラジルのアニメーション映画“O Menino e o Mundo”(オ・メニーノ・イ・オ・ムンド)のサウンドトラックの曲(曲自体は2013年発表)です。

色彩豊かでノスタルジックな絵が印象的なこの映像作品は、アレ・アブレウ監督のもので、翌年の第88回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされました(なお、受賞したのは『インサイド・ヘッド』でした)。

日本でも『父を探して』というタイトルで公開され、現在はAmazonプライム・ビデオやU-NEXT、Huluで視聴可能です(リンクは映画作品に関する外部サイトに飛びます)。

少年が生き別れた父を探しに旅に出るというストーリーは、幼少期に父と死別したエミシーダ自身の人生と重なるところがあり、だからなのか、映像と主題歌がよく合っているように思います。

2015年 音楽性の変化

2015年、エミシーダはアフリカ旅行を境に、音楽性を大きく変えることになりました。

その変化が表れたのが、アルバム“Sobre crianças, quadris, pesadelos e lições de casa…”(ソブリ・クリアンサス・クアドリス・ペザデロス・イ・リソンウス・ヂ・カーザ「子供と漫画と悪夢と宿題について」)です。

MPBの大御所、Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)とのコラボもあり、まさにエミシーダのキャリアで転換点となった一枚だと思います(リンクはYoutubeに飛びます)。

このアルバムの冒頭を飾るのが、穏やかでノスタルジックな次の一曲です。

Emicida “Mãe”

曲のタイトルは“Mãe”(マンイ)、「」。2016年5月、母に贈る歌としてこのビデオクリップが公開されました。エミシーダが自分のお母さんの人生を振り返る内容で、子供のころ修道院に入れられ辛い思いをしたという過去や、貧しいながらも家族で助け合って生きてきた思い出が、映像で表現されています。

そして最後に出てくる年配の女性が、エミシーダのお母さんです。エミシーダを産んだときの思い出を詩にして読み上げています。

2016年 ファッション業界での活躍

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2016年、エミシーダはファッション業界に参入しています。

エミシーダのレーベルLaboratório Fantasma(ラボラトリオ・ファンタズマ)は、2009年の創設当初から、曲の歌詞をプリントしたシャツやキャップなどを販売していました(リンクはレーベルの公式サイトに飛びます)。

そんなこじんまりしたレコードレーベルが、本格的なファッションブランドとして、ブラジル最大のファッション見本市であるサンパウロ・ファッションウィーク(SPFW)に出展。南米の最先端ファッションブランドと肩を並べてショーを行い、注目を集めました。

ブラジルHip Hop界の有名アーティストがショーでパフォーマンスを行ったのもニュースになりましたが、それ以上に注目を浴びたのは、ブランドのコンセプトです。

ファッション業界が細い白人に似合う服ばかり作っていることに異議を唱え、アフロヘア―の黒人、プラスサイズモデル、様々なセクシュアリティーの人をモデルとして登用し、それぞれに合うファッションを提案する、というものでした。

このとき発表されたコレクションは、その名も“Yasuke”(ヤスケ)。なんと、織田信長に仕えたという黒人の弥助にインスパイアされたコレクションです。

ブラジルは、アフリカ以外で最も黒人が多く住む国で、また世界最大の日本人コミュニティーがあるようです。そういったブラジルの特異性と、「黒人の武士」というコンセプトのもとに、このコレクションが作られました(詳しくはこちらの外部サイトをご覧ください)。

なお、翌年2017年もSPFWに出展しています。

音楽にしても、ファッションにしても、エミシーダは一貫して黒人やマイノリティーのエンパワーメントをしています。もしかすると彼にとっては、同じひとつのことを違う場でやっているに過ぎないのかもしれません。

2019年 傑作”AmarElo”

3枚目のスタジオアルバム“AmarElo”(アマレーロ)は、現時点でエミシーダの「傑作」だと思います。ブラジル音楽やラップを普段聴かなくても、音楽を愛する全ての人に、ぜひ聴いてみてほしい一枚です。

ポルトガル語で”amarelo“は「黄色」という意味なのですが、アルバムタイトルのスペルで”E“が大きいのには、別の意味があります。

パウロ・レミンスキ(Paulo Leminski)という、1970年代ブラジルで一世を風靡した詩人の詩を引用した、造語になっています。

Amar é um elo entre o azul e o amarelo

(愛する”amar”とは、青と黄色”amarelo”のつながり”elo”)

Paulo Leminski

この詩に着想を得た「つながりを愛する」とも訳せるタイトルのアルバムは、詩、文学から着想を得て、かつてないほど希望や愛をうたった作品になりました。

Emicida “AmarElo” part. Majur e Pabllo Vittar

アルバムタイトルと同名の曲、”AmarElo”(アマレーロ)は、1970年代MPBのアーティスト、Belchior(ベルキオール)“Sujeito de Sorte”(スジェイト・ジ・ソルチ)という曲のカバーです。

コラボしているのは、ブラジルのドラァグクイーンとして世界的に知られているPabllo Vittar(パブロ・ヴィター)、そしてノンバイナリーのアーティストMajur(マジュール)

MVは、リオデジャネイロの中でも特に治安の悪い地域だったMorro do Alemão(モッホ・ド・アレマンウ)というファヴェーラ(スラム街)で、実際にそこで生活している人たちを主人公にして撮影されました。

この曲のサビとなっているベルキオールの歌詞を、私なりに訳してみました。

Presentemente eu posso me considerar um sujeito de sorte

Porque apesar de muito moço, me sinto são e salvo e forte

E tenho comigo pensado, Deus é brasileiro e anda do meu lado

E assim já não posso sofrer no ano passado

Tenho sangrado demais, tenho chorado pra cachorro

Ano passado eu morri, mas esse ano eu não morro

“Sujeito de sorte”

(意訳)「今は、自分がラッキーな奴だと思える
まだまだ若いわりには、無事でいて強いと思うから
神はブラジル人で私のそばを歩いていると、心の中で考えてきた
だから、去年苦しむことはもうありえない
あまりにもたくさんの血を流してきたし、狂ったように泣いてきた
去年、私は死んだ、でも今年は死なない」

“AmarElo”という曲は、今まで「あまりにもたくさんの血を流してきた」人たちをエンパワーメントする曲です。歌詞を知った上で聴くと、本当に力が湧いてくるような一曲ではないでしょうか。

なお、アルバム”AmarElo”には、日本の東京スカパラダイスオーケストラが参加した曲も収録されています。

Emicida “Quem Tem Um Amigo (Tem Tudo)” part. Zeca Pagodinho & Tokyo Ska Paradise Orchestra

“Quem Tem Um Amigo (Tem Tudo)”(ケン・テン・ウン・アミーゴ・テン・トゥード)のMVは、『ドラゴンボール』へのオマージュで、鳥山明風のアニメになっています。詳しくは次の記事をご覧ください。

最高のエミシーダ入門 Netflix

さて、ここまでエミシーダの活動をたどってきました。

ただ、ラップは言葉が命。外国語だと何を言っているのかが分からず、魅力が半減してしまいます。

今はネットで歌詞を拾って、DeepLに翻訳させるという荒業ができますが、それでは正確な意味は分かりません。

そこでオススメなのが、ネットフリックスの番組です。

歌詞も、インタビューも、すべて日本語字幕がついてくるので、最高の「エミシーダ入門」だと思います。

2020年から、次の2つの番組が公開されています。

『エミシーダ: アマレーロ – ライブ・イン・サンパウロ』

とりあえず音楽だけ楽しみたいという人は、『エミシーダ: アマレーロ – ライブ・イン・サンパウロ』がオススメ(リンクはネトフリ公式の番組紹介ページに飛びます)。

サンパウロ市立劇場という、普通はクラシックの演奏会が行われる格式のある会場で行われたライブの映像です。

ラップが日本語字幕で読めるので、SpotifyやYoutubeで聴くよりも、エミシーダの音楽を深く楽しむことができると思います。

『エミシーダ:アマレーロ – 過ぎゆく時の中で』

エミシーダの音楽も、人物像も掘り下げて知りたいという人には、ドキュメンタリー番組の『エミシーダ:アマレーロ – 過ぎゆく時の中で』がオススメです。

サンパウロ市立劇場でのライブ映像も出てきますが、音楽以上に、エミシーダ自身による曲の解説、そして黒人文化論を聞くことができます。

音楽家であると同時に、社会活動家ともいえるような彼の側面を知ることができるでしょう。

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