音楽賞は「ブラジルの今」をうつす鏡!

「ブラジルの今の音楽を聴いてみたいけれど、何から手を出せばいいのか分からない…。」
「とりあえず有名どころから聴いてみたいけれど、誰が有名なの?」
そんな方にオススメなのは、まず「音楽賞をとった作品を聴く」ということです。音楽賞は、それなりに有名な、それなりに良い作品が受賞するので、そういった「ブランド品」から聴き始めるのも悪くないと思います。
何を隠そう、この記事を書いている私も、グラミーを受賞したというCaetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)の“Livro”(リーヴロ)を聴いたのが、ブラジル音楽にハマるきっかけでした。
ただ、ブラジルの音楽にはいろいろな賞があり、それぞれに特徴があります。どの音楽賞をチェックすればいいのか、分かりにくいと思います。
そこで、この記事では、どんな音楽賞があり、どんなアーティストや作品が受賞しているのか、代表的なものを紹介します。
音楽賞にもリスナーとの「相性」があるので、自分に相性の合う音楽賞を見つけて、受賞者の曲を聴いてみるのがオススメです。
それでは、ひとつひとつ見ていきましょう。
音楽賞一覧
Prêmio Multishow de Música Brasileira (PMMB)
いわゆる「プレミオ・ムウチショウ」、日本語にすると「ムウチショウ賞」。英語風に「マルチショー賞」とも呼ばれます。
ブラジル最大のテレビ局であるGlobo Group(グローボ・グループ)が主催する音楽賞です。
グローボ・グループは複数のチャンネルを持っており、その中でもMultishow(ムウチショウ)というのは、1991年に創設された有料放送のチャンネルのこと。
このチャンネルでは、若者をターゲットとして、音楽番組からバラエティー番組まで放送しているようです。
1994年に始まった「ムウチショウ賞」は、ブラジルポップスの流行を捉える上で特に重要な賞だと思います。
セルタネージョ(ブラジルのカントリー)からロックまで、幅広いジャンル、世代の音楽が扱われており、受賞作だけを聴いても、ブラジルポップスの多様さがよく分かるようになっているからです。
ちなみに、2022年時点でこの賞を最多数受賞しているアーティストは、Ivete Sangalo(イヴェッチ・サンガロ)のようです。
2021年の受賞結果を表にしておきます。
今年のデュオ | Israel & Rodolffo |
今年のパフォーマンス | Ivete Sangalo |
今年のグループ | Lagum |
今年のヒット | Batom de Cereja (Israel e Rodolfo) |
実験的 | Marina Sena |
今年の男性歌手 | Luan Santana |
今年の女性歌手 | Marília Mendonça |
今年の音楽 | Anitta “Girl From Rio” |
今年のビデオクリップ | Anitta “Girl From Rio” |
審査員特別賞 今年の歌 | Juçara Marçal “Crash” |
審査員特別賞 今年の新星 | Marina Sena |
審査員特別賞 今年のアルバム | Juçara Marçal “Delta Estácio Blues” |
MTV Video Music Brasil(VMB)
MTVビデオ・ミュージック・ブラジル(MTV VMB)は、MTV Brasilの名義で過去に開催されていた賞です。1995年から2012年まで実施されていました。
視聴者のターゲットは若者で、アメリカの影響を強く受けたロックやポップスがノミネートされていたようです。まさにアメリカのMTV Video Music Awardsのブラジル版と言えるでしょう。
ただ、MTVブランドをめぐる経営の移管で、この賞は無くなってしまいました。MTVの名を冠した音楽賞は、次に紹介するMTV Millennial Awards Brazilへと引き継がれています。
MTV Millennial Awards Brazil(MTV MIAW BR)
MTVミレニアル・アワード・ブラジル、略してMTV MIAW BR(エミテーヴェー・ミャウ・ブラジル)は、MTVブラジルが2018年から開催している賞です。スペイン語圏のラテンアメリカにも同じ名前で全く別の音楽賞があるので、名称の最後に「ブラジル」を付けて区別します。
かつてのMTV Video Music Brasilと同様、若者向けの内容で、名前のとおりミレニアル世代にターゲットを絞っています。「ミャウ」という猫の鳴き声にあやかり、受賞のトロフィーはピンクの猫です。
MTV MIAW BRは、ブラジルの若い子の間でどんな音楽が流行っているのか知りたければ、まずチェックしたほうがいい音楽賞だと思います。
音楽だけでなく、SNSのインフルエンサーやユーチューバー、コメディアンにも賞があるのも特徴です。
2022年時点で、一番多く受賞しているのはAnitta(アニッタ)のようです。
2021年のブラジル人アーティストの受賞者を表でまとめてみました。なお、若い子向けの内容のため、個別の賞のタイトルもスラングが多く、日本在住の私にはニュアンスを翻訳できません。重要なタイトルは訳し、細かいタイトルは「その他」としました。
今年のアルバム | Pabllo Vittar “Batidão Tropical” |
音楽アーティスト | Pabllo Vittar |
ビデオクリップ | Anitta “Girl From Rio” |
流行った振付 | Pabllo Vittar & Pocah “Bandida” |
コラボ曲 | Zé Felipe e Virgínia “Tranquilita” |
今年のアンセム | Ludmilla “Rainha da Favela” |
SNSチャレンジの曲 | João Gomes “Meu Pedaço de Pecado” |
その他、受賞アーティスト | Pedro Sampaio L7nnon Manu Gavassi Juliette Lia Clark Bin Jão Sidoka MC Hariel Emicida |
MTV Europe Music Award for Best Brazilian Act(MTV EMA)
MTVヨーロッパ・ミュージック・アワード(MTV EMA)は、MTVのヨーロッパ版の音楽賞です。
2012年以降、毎年ヨーロッパのどこかの都市で開催されています。
「ベスト〇〇アクト」(〇〇には「ブラジル」とか「ジャパン」とかが入る)という形で、世界各国のアーティストを人気投票で一人ずつ選出します。
「ベスト・ブラジリアン・アクト」枠では、やはりAnitta(アニッタ)が他を圧倒して何度も受賞しています。
2021年の受賞者は、Manu Gavassi(マヌ・ガヴァッシ)でした。
Latin Grammy Awards
ラテングラミーは、アメリカ合衆国で開催される、ラテンミュージックのためのグラミー賞です。
ラテンアメリカやスペインの音楽を対象として、2000年に創設されました。
アメリカ人好みの音楽が選ばれるので、アメリカ的な感性の人は、ラテングラミー賞の受賞作が肌に合うかもしれません。
過去の受賞結果はこちらの外部リンクから検索可能です。
2021年の受賞結果を見てみましょう。なお、ノミネート一覧はこちらのPDFから見ることができます。
レコード・オブ・ザ・イヤー | Caetano Veloso & Tom Veloso “Talvez” |
ポルトガル語キリスト教音楽最優秀アルバム | Anderson Freire “Seguir Teu Coração” |
ポルトガル語コンテンポラリー・ポップス最優秀アルバム | Anavitória “Cor” |
ポルトガル語ロック・オルタナティヴミュージック最優秀アルバム | A Cor Do Som “Álbum Rosa” |
サンバ・パゴーヂ最優秀アルバム | Paulinho Da Viola “Sempre Se Pode Sonhar” |
ブラジル・ポピュラー・ミュージック最優秀アルバム | Zeca Baleiro “Canções d’Além Mar” |
セルタネージョ最優秀アルバム | Chitãozinho e Xororó “Tempo de Romance” |
ポルトガル語ルーツ・ミュージック最優秀アルバム | Ivete Sangalo “Arraiá Da Veveta” |
ポルトガル語最優秀曲 | “Lisboa”(Ana Caetano & Paulo Novaes作曲、Anavitória e Lenineのアルバム”Cor”より) |
Grammy Awards
アメリカ合衆国で開催される、誰もが知るグラミー賞です。
ブラジル音楽という枠は無いのですが、「ベスト・グローバル・ミュージック・アルバム」や「ベスト・ラテン・ジャズ・アルバム」のような枠で、他国のアーティストと並んで、ブラジルのアーティストもノミネートされることがあります。
近年では、Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)やGilberto Gil(ジルベルト・ジル)といったMPBの大御所がノミネートされています。
Latin American Music Awards
ラテン・アメリカン・ミュージック・アワード(Latin AMA)は、アメリカのスペイン語の放送局、Telemundo(テレムンド)が主催する音楽賞です。2015年から毎年開催されています(2020年はパンデミックのため中止)。
人気投票と楽曲の売り上げで決まる賞で、北米を中心としたヒスパニック系のリスナーの趣向が結果に現れるとみていいでしょう。
2022年は、「人気ビデオ」部門でAnitta(アニッタ)の”Girl From Rio”、「SNS人気アーティスト」部門でPabllo Vittar(パブロ・ヴィター)が受賞しました。
Prêmio da Música Brasileira
プレミオ・ダ・ムジカ・ブラジレイラ、日本では「ブラジル音楽賞」として知られています。
この賞は、日本のレコードショップの分類でいう、いわゆる「ワールド系」の音楽に授与されます。
賞のルーツは、意外にも日系企業。1988年、Sharpの後援のもと、「シャープブラジル音楽賞」として始まりました。その後、賞自体が実施されない期間を経て、新たな後援のもと「ブラジル音楽賞」に改名。2009年から2018年まで開催されていますが、それ以降は実施されていないようです。
「MPB部門」「サンバ部門」「ポップ、ロック、レゲエ、ヒップポップ、ファンキ部門」など、いろいろ部門があるのですが、若い人向けの流行の音楽はノミネートされず、玄人好みの熟練アーティストが受賞しています。
たとえば、2018年の最優秀曲は、Chico Buarque(シコ・ブアルキ)のアルバム“Caravanas”の曲、“Tua Cantiga”です。
ブラジル・ディスク大賞
ブラジル・ディスク大賞は、日本発の音楽情報誌「ラティーナ」と東京のラジオ局J-WAVEの番組「サウージ!サウダージ」が共同で開催する賞です。
一般投票と関係者投票、それぞれのランキング10位を毎年発表しています。
私にとって、ブラジル音楽の入り口は、この「ラティーナ」と「サウージ!サウタージ」、そして「ブラジル・ディスク大賞」でした。この三つがなければ、ブラジル音楽を知らなかったし、今も聴いていないと思います。
この賞では、MPBやJazzなど、日本人好みの心地よいサウンドが選ばれるのが特徴です。
2021年の投票結果は、以下の通り。
なお、こちらのリンクから「ラティーナ」のページでご覧になって頂いたほうが、すぐに試聴もできるのでオススメです。
【一般投票】
1位:Marisa Monte “Portas”
2位:Caetano Veloso “Meu Coco”
3位:V.A. “João Gilberto Eterno”
4位:Vanessa Moreno “Sentido”
5位:Silva “Cinco”
6位:Zé Manoel “Do Meu Coração Nu”
7位:Yoùn “BXD in Jazz”
8位:Gal Costa “Nenhuma Dor”
9位:Anavitória “Cor”
10位:Celso Fonseca “Nossa Música”
【関係者投票】
1位:Liniker “Indigo Bordoleta Anil”
2位:Caetano Veloso “Meu Coco”
3位:Marisa Monte “Portas”
4位:Orquestra Afrosinfônica “Orín, a Língua dos Anjos”
5位:Silva “Cinco”
6位:Yoùn “BXD in Jazz”
7位:Amaro Freitas “Sankofa”
8位:João Donato & Jards Macalé “Síntese do Lance “
8位:Antônio Neves “A Pegada Agora É Essa (The Sway Now)”
10位:Vanessa Moreno “Sentido”
10位:Pabllo Vittar “Batidão Tropical”
Pro Música Brasil(PMB)
プロ・ムジカ・ブラジウ(PMB)は、音楽賞ではありませんが、「プラチナアルバム認定」のような形で、アーティストの記録を公表している団体です。
ブラジルのレコード会社の協会で、CDの売り上げ枚数をはじめ、Spotifyなどのデジタルプラットフォームにおける再生回数のチャートも発表しています。
最後に
長くなりましたが、ブラジルの音楽賞と、それぞれの受賞結果を、ここまで見てきました。
それぞれの賞のコンセプトや、視聴者としてターゲットとしている層が違っているため、同じ2021年でも、ムウチショウ賞ではアニッタ、MTV MIAWではパブロ・ヴィター、MTV EMAではマヌ・ガヴァッシ、というふうに、選ばれるアーティストが違います。
こうした違いに注目して、自分の感覚に近い音楽賞を見つけられると、一気にいろいろなアーティストと出会えると思います。
また、各賞の歴代の受賞作品をたどることで、ブラジル音楽のトレンドを振り返ることもできるでしょう。
この記事がブラジル音楽の「発掘」に役立てば、うれしいです。