一年間のブラジルポップスを振り返る
2022年も残すところあとわずか。今年の「ベスト・アルバム」や「ベスト・ソング」を選んでみたり、いろんな人のチョイスを見たりするのが楽しい時期です。
今回の記事では、2022年のブラジルポップスを振り返るための曲を、私なりにチョイスしてみました。「再生回数がすごい」とか、「音楽的に面白い」とか、そういうことはいったん置いておいて、この一年間、ブラジルのポップス界で何が起きたかを振りかえることができる選曲になっていると思います。
ブラジル音楽のファンは「なんでその曲?」「なんでこの曲は無い?」といった感想を持たれるかもしれませんが、そういったツッコミもしながら楽しんでもらえれば嬉しいです。
また、「ブラジルの最近の音楽ってどんな感じなの?」という関心の方も、一通りのトレンドがたどれるような選曲を心がけました。
ちなみに私がブラジル音楽に限らず2022年のアルバムでよく聴いていたのは、宇多田ヒカルの『BADモード』、Rina Sawayamaの『Hold the Girl』、Gloria Grooveの『Lady Leste』。それぞれ「落ち込んでいる時」、「家事してる時」、「テンションを上げていく時」に聴いていました。なにか重なるところのある方は、この記事の選曲にも納得していただけるかもしれません。
それでは8曲を見ていきましょう。
2022年のブラジルポップスを振り返る8曲
Anitta “Macetar”
2022年のブラジル・ポップスで一番嬉しいニュースは、ブラジルのアーティストとして初めて、Anitta(アニッタ)がSpotifyのグローバル・ランキングで1位を獲得し、アメリカのMTVビデオミュージックアワードをはじめとする国際的な音楽賞を数々と受賞したことでしょう。Tiktok経由でヒットした“Envolver”(エンボルベール)のダンスをマネしようとして、自分の体幹の弱さを実感した方も少なくないはずです。
とはいえ、”Envolver”はスペイン語で歌われているレゲトンの曲。今年リリースされたアルバム“Versions of Me”(バージョンズ・オブ・ミー)も、スペイン語圏や北米のトレンドに応えた作品で、ブラジルらしいファンキ(Funk)の曲は“Que Rabão”(キ・ハバウン)の一曲のみでした。
「世界のアニッタ」になっていくにつれてブラジルっぽさから離れていくのは、しょうがないことだと頭では分かるけれど、でもなんとなく寂しい──。
そんなふうに私も思っていた2022年の年末、突如リリースされたEP “À Procura da Anitta Perfeita”(ア・プロクーラ・ダ・アニッタ・ペルフェイタ)は、後述のピゼイロ(Piseiro)を含む直球のブラジリアン・ポップスで全曲が占められています。
中でも“Macetar”(マセタール)は、デビュー時のAnittaを思い起こさせるファンキ・ポップ(Funk Pop)の一曲です。
ちなみにアルバムのタイトルは、直訳すると「最高のアニッタを求めて」。いろんなバージョンのAnittaを”Versions of Me”で確かめた後は、このEPを聴け、というメッセージだと私は受け取りました。
Ludmilla “Maldivas”
2022年は、Ludmilla(ルジミーラ)がアメリカのラテングラミーを受賞した年でした。そのすごさについては、こちらの記事にも書きました。
“Maldivas”(マウジーヴァス)は、ラテングラミーのサンバ・パゴージ部門を受賞したアルバム”Numanice#2″(ヌマナイシ・ドイス)の中の一曲です。同性婚したパートナーとの新婚旅行について歌った個人的なラブソングで、このライブバージョンではそのパートナーと一緒にステージに立ち歌っています。今年のLudmillaの中でもとくにヒットした曲で、ブラジル国内のMultishow(ムウチショウ)賞では「今年のヒット」部門を受賞しています。
ところで2022年は、日本でも同性婚をめぐる議論が一段と活発になった年だったと思います。Ludmillaのこの曲がブラジルで国民的に愛された、ということは、地球の反対側のことであれ、とても喜ばしい知らせでした。
L7NNON & Os Hawaianos “Desenrola Bate Joga de Ladin”
2022年、ブラジルのTiktokで一番流行したのは、L7NNON(レノン)とOs Hawaianos(オス・アワヤーノス)による、この曲でした(詳しくはこちらの外部記事をどうぞ)。MVでも子供たちを巻き込んで踊っていて、和気あいあいとした楽しい雰囲気が伝わってきます。サウンドは今風の硬派なファンキ(Funk)で、この記事の中でも一番「ブラジルらしい」、ブラジルでしか生まれえないような曲だと思います。
ところで2022年は、これまで以上に、世界中の音楽業界で「Tiktokでのバズり」が意識された一年だったような気がします。その良し悪しの判断は置いておくとしても、覚えやすいフレーズや振付が本当に増えました。この曲はそうしたトレンドにもマッチして成功した曲で、私も大好きです。
Pedro Sampaio “Dançarina ft. MC Pedrinho”
究極にチャラくて楽しい一曲です(褒めています)。
Pedro Sampaio(ペドロ・サンパイオ)は1997年生まれで、Youtubeで有名になりWarner Music Brasil(ワーナー)と契約しました。ここ数年は有名アーティストとのコラボで知名度を上げていましたが、2022年に待望のファースト・アルバム”Chama Meu Nome”(シャマ・メウ・ノーミ)をリリース。どの曲でも「ペー、ドロ、サンパイオ♪」と歌う声のサンプリングを入れているので、「俺の名前を呼べ!」というアルバムタイトルは最高だったと思います。
ここに貼った曲“Dançarina”(ダンサリーナ)の歌詞では、ダンスのすごいギャルとしてAnittaに言及しており、そのAnittaとコラボしたバージョンもリリースされました。Pedro Sampaioの曲はファンキ・ポップ(Funk Pop)のひとつの最終形態なんだと思いますが、どこかインドのボリウッド・ミュージックに似ているのが不思議だなと思います。
Pabllo Vittar, Gloria Groove “Ameianoite”
2022年は80年代風のポップスとハウスが流行しました。そうした潮流の中で生まれたのがこの曲で、ハウス風のファンキ・ポップ(Funk Pop)に仕上がっています。MVは80年代リバイバルにも一躍買ったNetflix(ネトフリ)のドラマ『ストレンジャー・シングス』に着想を得ており、まさに2022年らしい一曲だと思います。
Pabllo Vittar(パブロ・ヴィター)は、2022年にドラァグ・クイーンとして初めてアメリカの音楽フェス、コーチェラに単独出演し、2022年ブラジル総選挙では反ボルソナロの象徴として世界中から注目されました。
Gloria Groove(グロリア・グルーヴ)は、アルバム”Lady Leste”(レイジー・レスチ)をリリースし、ムウチショウ賞で「今年の歌手」部門を受賞するなど、ブラジル国内でトップ・アーティストとしての地位を確立しています。
この曲“Ameianoite”(アメイアノイチ)は、そんな二人の夢のコラボであり、世界で一番ドラァグ・クイーンのアーティストが活躍する国ブラジルの記念碑的な作品となりました。
Simone & Simaria, Zé Felipe “Vontade de Morder”
2022年は、フォホー(Forro)の進化形であるピゼイロ(Piseiro)が大流行した一年でした。セルタネージョ(Sertanejo)歌手がこぞってピゼイロの曲をリリースし、セルタネージョのチャートがほとんどピゼイロで占領されていた時もあった気がします。
また今年は、セルタネージョ界のベテラン姉妹デュオ、Simone & Simaria(シモーニ・イ・シマリア)の解散もニュースになりました。“Vontade de Morder”(ボンタージ・ジ・モルデール)は、解散前にZé Felipe (ゼー・フェリピ)とコラボしたピゼイロのヒット曲で、姉妹のドスの効いた力強い歌声が聴けます。
Emicida, Matuê & Drik Barbosa “Sobe Junto”
2022年は、ブラジルが誇る大型フェス、ロック・イン・リオ(Rock in Rio)が2019年以来3年ぶりに開催された年でした。世界の豪華アーティストに加え、ブラジルのトップアーティストも数多く出演し、その模様はMultishowで生中継されました。ラインナップはこちらの記事でご確認ください。
私も見ました! 日本で中継や録画を見ただけなのですが…。それでも、心はリオにいるつもりで、お祭り気分を楽しみました。ブラジルのポップスとしては、Papatinho(パパチーニョ)とL7nnon(レノン)、Iza(イザ)、Emicida(エミシーダ)、Jão(ジャウン)、Ivete Sangalo(イヴェッチ・サンガロ)。MPBとしては、Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)、Bala Desejo(バーラ・デゼージョ)、Gilsons(ジルソンズ)、Djavan(ジャヴァン)、Liniker(リニケル)。本当になんて豪華なラインナップだったんでしょう!
中でも私にとって印象的だったのは、エネルギーを爆発させていたLuísa Sonza(ルイーザ・ソンザ)、グロテスクかつエレガントなロックのショーとして完成度が高かったGloria Groove(グロリア・グルーヴ)、ブラジル人であり黒人女性でありファンケイラであるというプライドにあふれたステージのLudmilla(ルジミーラ)、そしてMatuê(マトゥエ)でした。Matuêはもともとあまり気に留めておらず、何の気無しに見たのですが、予想を超えて良かったです。
ブラジルのラップ・ミュージックとしてHip Hopの中でもトラップ(Trap)が大流行する中、Matuêはその頂点にいるアーティストとされています。彼の音楽を私なりに表現すると、ミクスチャー・ロックと呼ばれていた北米のオルタナティブ・ロックの一種に近いものがあって、ミクスチャーロックから暴力性と暗さを引き算し、マリワナ的な享楽性が加わった感じ。分かりにくかったかもしれませんが、一言でいえば、ロックだ、ということです。今回のロック・イン・リオでは、ステージ上でスケボが行き交う中、ピースフルで明るいパフォーマンスを見せていました。
2022年のMatuêで一番ヒットしたのは“Vampiro”(ヴァンピーロ)でしたが、そんなにヒットしなかった“Sobe Junto”(ソビ・ジュント)では、Emicida(エミシーダ)、Drik Barbosa(ドリカ・バルボーザ)と共に、独特のブラジリアン・トラップを聴かせています。ちなみにこの曲は、新人ラッパーを発掘するリアリティ番組のテーマ曲として制作されたようです。
Baco Exu do Blues “Lágrimas”
今年もいろいろな訃報がありましたが、11月9日、Gal Costa(ガル・コスタ)が亡くなったことは衝撃的でした。まだ年齢も若く、現役で音源をリリースしており、公の場やSNSでも元気な姿を見せていただけに、手術後の急死はショッキングで、私もまだ実感がわきません。
バイーアのラッパー、Baco Exu Do Blues(バコ・エシュ・ド・ブルース)は、2022年のアルバム”QVVJFA?”の中で、ガル・コスタの曲”Lágrimas Negras”(ラグリマス・ネグラス)をサンプリングしています。ガルコスタの生前にリリースされた曲ですが、今聴くと、悲しさや懐かしさで胸がいっぱいになる一曲です。
アルバムタイトル“QVVJFA?”は、”Quantas vezes você já foi amado?”の略で、「何回、愛されたことがある?」という意味。夜、ヘッドホンで聴きたい一枚です。
最後に
ブラジルのポップスを振り返る8曲、いかがでしたでしょうか。かなり私の趣味が色濃く反映されていますが、その点はご容赦ください。
なお、2022年にブラジル国内ではどんな音楽がヒットしたのか、現地のトレンドをもっと知りたいという方は、次の記事もどうぞ。