はじめに
今、ブラジルほど音楽シーンでLGBTQのアーティストが活躍している国はあるでしょうか?
トップ・アーティストの中に、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルであることを公表している人がいるのは、もはやあたりまえ。ブラジル・ポップスの最前線では、ドラァグクイーンが音楽賞を獲得したり、トランスジェンダー、ノンバイナリーのアーティストが活躍し、音楽やファッション、映像表現でオリジナリティーあふれる表現を試みています。
そこで、2022年現在、私が注目しているブラジル人LGBTQアーティストのコラボ曲をまとめてみました。なぜコラボ曲かというと、ブラジルではコラボ作品に面白い曲がたくさんあるからです。それに、一曲で複数のアーティストを知ることができるのも、手っ取り早いと思います。
では、一曲ずつ見ていきましょう。
ブラジルのLGBTQアーティストのコラボ曲
CAFÉ DA MANHÃ ;P
“CAFÉ DA MANHÃ ;P“(カフェ・ダ・マニャン)は、2022年2月リリースの曲。このようなリズムやダンスはファンキ(Funk)というジャンルの音楽に由来し、今のブラジル・ポップスの典型ともいえるものです。ファンキとは、ブラジルのファベーラ(スラム街)で生まれたラップミュージックで、若い子たちが爆音でかけて踊るための音楽として発展してきました。
この曲で最初に歌いだすのがLuísa Sonza(ルイーザ・ソンザ)、後から出てくるのがLudmilla(ルジミーラ)です。
MVでは、なんといってもLuísa Sonzaのセクシーなダンスに目が釘付けになります。1998年生まれのLuísa Sonzaは、ブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル出身。もともとバラードを歌っていましたが、ファンキ寄りのポップスをセクシーなダンスで歌うようになり、人気に火が付きました。バイセクシュアルであることを公表しています。
Ludmillaは、1995年にリオ・デ・ジャネイロ郊外で生まれ育ち、ファンキをパワフルに歌う少女としてデビューしました。メジャーデビュー後は、欧米っぽいR&B、Hip Hop、そしてサンバのサブジャンルであるパゴージ(Pagode)、なんでも歌い、2019年には同性婚したことでも知られています。2016年にはリオ五輪の開会式でも歌っている、人気のアーティストです。
個人的な印象ですが、結婚してからのLudmillaのビデオクリップは、一段と男目線を排除し、女目線の「フィメール・ゲイズ」のセクシーさ、力強さを表現しているように感じます。
LudmillaとLuísa Sonzaについては、2022年7月リリースの“Lud Session”(ルジ・セッション)もオススメです。ルジ・セッションはLudmillaがやっているコラボ企画で、メドレー形式でバラードをライブ演奏するというもの。弦楽奏バージョンの”CAFÉ DA MANHÔは必聴です。先ほどのMVが「セクシー過ぎて苦手」と感じだ方も、こちらの動画はぜひご覧になってみてください↓
Te Deixo Crazy
“Te Deixo Crazy“(チ・デイショ・クレイジー)は2021年の曲。欧米っぽいR&B調のポップな一曲です。
最初に歌いだすのが、Thiago Pantaleão(チアゴ・パンタレオン)。1997年生まれでゴスペルにルーツをもつシンガーソングライターで、LGBTQであることを公表しています。途中でラップを披露しているのは、Danny Bond(ダニー・ボンジ)。1997年生まれで、トランス女性のファンキ・アーティスト(ファンケイラ)です。
MVでは、ふたりが夕方の遊園地でカジュアルに歌って踊り、途中から日本の漫画(?)のようなコスプレに変身します。オタクっぽさ、可愛さ、楽しさが絶妙に混ざったクリップです。
NHAC!
“NHAC!“(ニャック)は2021年の曲。ゴス、V系が好きな方にオススメの一曲です。
最初に歌いだすのは、Chameleo(カミリオ)。ノンバイナリーのシンガーソングライターで、前衛的なファッションとMVを次々と繰り出す、まさにカメレオンのような変幻自在な存在です。癌サバイバーでもあります。
途中から歌いだす長い黒髪の男性が、Johnny Hooker(ジョニー・フッカー)。1987年生まれのアーティストで、ロック寄りのMPB(エミ・ペー・ベー)をやっており、数々の音楽賞を受賞してきました。MPBというのは、Música Popular Brasileira(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)、直訳すると「ブラジルのポピュラー音楽」なのですが、いわゆるポップスのことではなく、20世紀後半のもはや古典的なポップスの系譜に位置づけられるものがMPBとされます。ジョニー・フッカーはゲイであることを公表しており、ラテンの退廃的な雰囲気にあふれた音楽とビジュアル表現が魅力です。
紹介した曲”NHAC!”では、カミリオのサイバーパンク感と、ジョニー・フッカーのデカダンスな雰囲気が合わさり、ポップなメロディーとビデオに仕上がっています。
Chega
“Chega“(シェガ)は、女性シンガーソングライターDuda Beat(ドゥダ・ビーチ)の2019年の曲。ドゥダ・ビーチはLGBTQではありませんが、彼女の音楽の魅力と、コラボしている2人の魅力がとてもよくマッチしている一曲です。
ブロンドの男性は、Mateus Carrilho(マテウス・カヒーリョ)。1988年生まれで、テクノブレガのグループBanda Uó(バンダ・ウオ)のメンバーとして有名になり、解散後はソロで活動しています。ゲイだと公表していましたが、現在は「流動的」(フルイド)だと語っています。なお、テクノブレガとは、ブラジル北部で独自の発展を遂げたサンプリング音楽とライブカルチャーのことです(詳しくはこちらの記事をどうぞ)。
黒髪の歌手は、Jaloo(ジャロー)。1987年生まれのシンガーソングライターです。ノンバイナリーで、MVでは作品ごとに全然違うルックスに変身します。一度聴くと忘れられない声の持ち主で、紹介した曲”Chega“では、ジャローの歌声が良い役割を果たしていると思います。
Lágrima
“Lágrima“(ラグリマ)は2019年のリリース。たくさんのアーティストのコラボ曲ですが、Baco Exu do Blues(バコ・エシュ・ド・ブルース)とÀTTØØXXÁ(アトーシャ)はLGBTQではありません。
最初に歌いだし、”Caiu!”(カイウ)「落ちた!」と繰り返すのが、ドラァグクイーンのGloria Groove(グロリア・グルーヴ)。1995年生まれのアーティストで、アメリカのR&Bやロックをブラジルのファンキと融合させた音楽をやっています。2022年現在、ブラジル・ポップス界で最も成功しているアーティストの一人で、同性婚していることでも知られています。
主要なパートを歌うのがHiran(イラン)。バイーア州内陸部出身のラッパーで、ゲイであることを公表しています。普段はもっとバイーアの伝統に根差した、しっとりした曲を歌っています。
曲の後半でラップを披露している、しゃがれた声の持ち主は、Baco Exu do Blues(バコ・エシュ・ド・ブルース)。ブラジルのラップ文化はサンパウロが中心と言われているのですが、バコはバイーア州サルバドール出身です。
サウンドは、ÀTTØØXXÁ(アトーシャ)というバンドが担当しています。バイーア州サルバドールで結成されたグループで、メンバーのRafa Dias(ハファ・ヂアス)はRDDという別名でも活動しています。
AmarElo
“AmarElo“(アマレーロ)は、2019年のEmicida(エミシーダ)の曲。この動画では2分50秒のところから曲が始まります。
ラッパーのEmicidaはLGBTQではありませんが、アライ(当事者ではない味方)としてこの曲を歌い、性的マイノリティである2人とコラボしました。歌詞の意味やコラボの意図については、エミシーダの紹介ページにも書いたので、よければご覧ください。
最初にサビを歌うソウルフルな歌手が、Majur(マジュール)です。1995年生まれのMPB系シンガーソングライターで、ノンバイナリーであることを公表しています。
マジュールの後に登場する高音域のドラァグ・クイーンが、Pabllo Vittar(パブロ・ヴィター)。1993年生まれで、ブラジルのLGBTQのアイコンとして絶大な人気を得てきたアーティストです。2019年にはアメリカの雑誌“Time”(タイム)で「次世代のリーダー」の一人に選ばれるなど、国際的にも注目されてきました。コーチェラ単独出演やワールド・ツアーもおこなっており、今後も世界規模での活躍が期待されます。
最後に
ブラジルのLGBTQアーティストたちをコラボ曲で見てきました。この記事が新しい音楽やアーティストと出会うきっかけになれば嬉しいです。
なお、ブラジルのドラァグクイーンを特集した記事もあるので、よければご一読ください。