Papatinhoの「MPC」全曲解説【90年代風バイレファンキ】

作品紹介
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Papatinhoの「MPC」が良い!

こんにちは、ヨシイタケコです。2025年はブラジル音楽界にとって、まさに新譜ラッシュの年。私も注目作を聞き逃さないよう、日々リリース情報に目を光らせています。

そんな中、ここしばらく私の心をとらえて離さないアルバムがあります。Papatinho(パパチーニョ)「MPC (Música Popular Carioca)」(エミペーセー、ムジカ・ポプラール・カリオカ)です。

この作品は、1990年代マイアミベース系バイレファンキを現代の感性でよみがえらせた野心作で、「バイレファンキって何?」という方にも自信をもってオススメできる一枚です

なお、バイレファンキについてはこちらの記事にまとめてあるので、よろしければご一読ください。

「ファンキ、普通に聴いてますけど」という方にとっても、必聴の内容になっています。1996年のリオデジャネイロのファンキを現代によみがえらせる、というアルバムのコンセプトが、2025年の今だからこそ心に刺さるはずです

ということで、Papatinhoの「MPC」の解説と全曲紹介、始めます!

Papatinho(パパチーニョ)とは、誰?

Papatinho(パパチーニョ)は、1986年生まれリオデジャネイロ出身のアーティストです。2010年代からDJ・プロデューサーとして注目を集め、数々のヒット曲を世に送り出してきました。

彼のやってきた音楽は、ざっくり言えばHip Hopに分類されます。ただ、ブラジルのHip Hop事情は複雑で、リオデジャネイロ発祥のファンキ(Funk)と、アメリカのHip Hopの影響をじかに受けたハッピ(Rap)二種類があります。パパチーニョはリオデジャネイロ生まれなので、当然ファンキ(Funk)を聴いて育っているのですが、じつは音楽活動を始めた当初は、アメリカの影響を受けたハッピ(Rap)をやっていました。

ConeCrewDiretoria – Chama os Mulekes (Clipe Oficial)

Papatinhoは、ConeCrewDiretoria(コン・クル・ジレトリア)というRapグループDJとしてキャリアをスタートしました。コンクルジレトリアは、2011年に1枚目アルバム「Com os Neurônios Evoluindo」をリリースし、すぐに注目を集め、2015年にはAnitta(アニッタ)の大ヒットアルバム「Bang」の収録曲にフューチャーされています。そして2010年代後半には、Papatinho個人でプロデューサーとしての活動を開始し、AnittaL7NNON(レノン)といった人気アーティストの楽曲を手掛けていきました。

ここで注目なのが、2019年の超豪華コラボ曲、「Onda Diferente」(オンダ・ジフェレンチ)です。

Anitta with Ludmilla and Snoop Dogg feat. Papatinho – Onda Diferente (Official Music Video)

この曲は、Anitta(アニッタ)Ludmilla(ルジミラ)、そしてSnoop Dogg(スヌープドッグ)も参加した国際的なコラボ曲で、Papatinhoがプロデュースしています。国際市場を意識して制作されており、「ブラジルらしさ」にこだわったファンキの曲です。こういった国際的なプロジェクトに関わる中で、Papatinhoはファンキの作品をたくさん作るようになりました。

一方で、同じ2019年、Rapの名作もプロデュースしています。Black Alien(ブラキ・エイリアン)のアルバム「Abaixo de Zero – Hello Hell」(アバイショ・ジ・ゼロ、ハロー・ヘル)です。

さらに、ファンキRapだけでなく、ポップスのプロデューサーとしても活躍しています。

2021年にはシングル曲「Final de Semana」(フィナウ・ジ・セマーナ)MPBの大物Seu Jorge(セウ・ジョルジ)とコラボ。この曲には、さきほども登場したBlack Alien(ブラキ・エイリアン)も参加しています。

Papatinho – Final de Semana ft. Seu Jorge, Black Alien

同じく2021年、ロックバンドのLagum(ラグン)ともコラボしています。レゲエ調のポップスで、Papatinhoの音楽性の幅広さが分かる曲だと思います。

Lagum, L7NNON, Mart’nália – EITA MENINA

新作「MPC」 タイトルの意味

そんなPapatinho(パパチーニョ)新作「MPC (Música Popular Carioca)」(エミペーセー、ムジカ・ポプラール・カリオカ)は、2025年5月30日にUniversal Music(ユニバーサル・ミュージック)からリリースされました。

アルバムのタイトルは、ブラジル音楽のジャンル名である「MPB(Música Popular Brasileira)(エミペーベー、ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)をもじっています。直訳すると「ブラジルのポピュラー・ミュージック」で、伝統的なブラジル・ポップスのことです(詳しくはサイト内のこちらの記事参照)。

一方で「MPC (Música Popular Carioca)」を直訳すると、「リオデジャネイロのポピュラー・ミュージック」。MPBは伝統と格式のある音楽なので、この「MPC」という作品も、それなりの伝統と格式があることが期待されるのだが…、というシャレみたいなニュアンスがあるタイトルです。

また、この作品内でも大活躍しているDJ用の機材MPC(Music Production Center)とも名前が一致しています。

超豪華なゲスト ほぼ全員がリオデジャネイロ出身

「MPC」の参加アーティストを見てみましょう。

まず目につくのが、Anitta(アニッタ)MC Kevin o Chris(エミセー・ケヴィン・オ・クリス)MC Carol(エミセー・カロウ)といったファンキの定番のアーティスト。MC Cabelinho(エミセー・カベリーニョ)Xamã(シャマン)Major RD(マジョル・エヒデー)L7NNON(レノン)MD Chefe(エミデー・シェフィ)といったRapのアーティストも豪華な顔ぶれです。

そして最大のゲストは、MC Cidinho General(エミセー・シジーニョ・ジェネラウ)ではないでしょうか。1990年代、楽曲「Rap das Armas」(ハッピ・ダス・アルマス)「Rap da Felicidade」(ハッピ・ダ・フェリシダージ)で大ヒットした2人組、Cidinho e Doca(シジーニョ・イ・ドカ)のシジーニョで、「ファンキ界のレジェンド」と呼んでもいい存在です! シジーニョがファンキ専門のテレビ番組「Furacão 2000」(フラカウン・ドイスミウ)に出演したときの映像を貼っておきます。

Rap da Felicidade – Cidinho e Doca – Furacão 2000 Anos 90

また、2023年に亡くなったMC Marcinho(マルシーニョ)が参加しているのも注目です。パパチーニョのYouTubeチャンネルでは、90年代ファンキを復興するというプロジェクトについてマルシーニョと話し合う動画が見られるので、もしかすると「MPC」は数年単位で温められてきた企画で、マルシーニョの生前に録音だけしてあったのかもしれません。

最後のトラックには、ファンクのルーツの一人ともいえるアメリカのStevie B(スティービー・ビー)が参加しています。

そして、Stevie B以外の参加アーティスト全員が、リオデジャネイロ州の出身です! まさに「リオデジャネイロのポピュラー・ミュージック」を宣言するにふさわしい内容だと言えます。

「MPC」全曲紹介

1996 Intro

Papatinho, Furacão 2000 – 1996 Intro

Furacão 2000(フラカウン・ドイスミウ)は、ファンキのイベントを興行し、TV番組も放映していた伝説的なレーベルです。そのFuracão 2000の協力をえて制作されたと思われるこのトラックは、リスナーを一気に1996年へとタイムスリップさせてくれます。

アルバム全曲のミュージックビデオは、1996年の記憶をもとに作られています。少年たちがFuracão 2000のテレビ番組をとおしてファンキに夢中になる、というストーリーで、かつての番組を再現したレトロでキッチュなムードが最高です。

Bonde dos Estraga Festa

Papatinho, Major RD, Carol de Niterói, Califfa – Bonde dos Estraga Festa

ラッパーMajor RD(マジョル・エヒデー)、ファンキのMC Carol(エミセー・カロウ)、Rap系の歌手Califfa(カリーファ)をゲストとして迎えた曲。

MC Carolは、いつも「MC Carol」名義で活動しているのですが、この曲では「ニテロイのCarol」(Carol de Niterói)として登場しています。ニテロイというのは、リオデジャネイロの中の地区の名前です。リオデジャネイロの中でも「どこの地区か」が重要、ということなのでしょうか。昔のバイレファンキのパーティーでは、その人が「どこの地区か」によって背後にどの暴力団がいるか推しはかれたはずです。そういったことを思い起こさせる演出なのかもしれません。

この曲のミュージックビデオでは、昔のバイレファンキのイベントでよく起きたというオーディエンスの衝突、コリドールを茶化したような演出も見られます。ただ、そういったことがよく分からなくても「なんか懐かしい!楽しい!」となる一曲ではないでしょうか。

Solta o Pancadão

Papatinho, TZ da Coronel, MC Cidinho General – Solta o Pancadão

ファンキ界のレジェンド、Cidinho(シジーニョ)が登場する曲。

Cidinho(シジーニョ)は1977年生まれで、映画『シティ・オブ・ドッゴ』の舞台としても知られるファヴェーラの地区、シダージ・ジ・デウス(Cidade de Deus、神の町)出身です。90年代Cidinho & Doca(シジーニョ・イ・ドカ)というコンビで活動し、「Rap das Armas」(ハッピ・ダス・アルマス)「Rap da Felicidade」(ハッピ・ダ・フェリシダージ)で大ヒットしました。大ヒットしただけでなく、これらの曲は「ファンキの名曲」として伝説化しており、とくに「Rap da Felicidade」リオ・オリンピックの開会式でも歌われています。

これだけ有名なのだから、2人ともとっくにリッチな印税生活を送っているのだろうと思っていたのですが、著作権が存在しないも同然だったため、収入はまったく増えなかったそうです…。皮肉なものですよね…。

Cidinhoと一緒に登場するTZ da Coronel(テーゼー・ダ・コロネウ)2001年生まれのラッパーで、ボクシングもやる多才な若者です。こういった世代を超えたコラボが、「MPC」というアルバムの面白いところだと思います。

Conjuntão de Time

Papatinho, MC Cabelinho, Anitta – Conjuntão de Time

Anitta(アニッタ)MC Cabelinho(エミセー・カベリーニョ)が参加している曲。AnittaFuracão 2000(フラカウン・ドイスミウ)に見い出されてデビューしており、まさにファンキが生んだグローバル・スーパースターといえます。MC CabelinhoRapトラップ・ブームの中から登場した歌手で、近年のブラジル音楽界でもとくに愛されている新世代のアーティストではないでしょうか。この曲はゲストの知名度が高いため、アルバムの中でもSpotifyの再生回数が飛びぬけています。

Meu Vício

Papatinho, Kevin o Chris – Meu Vício

2010年代以降のファンキの超重要人物、Kevin o Chris(ケヴィン・オ・クリス)をフューチャーした曲。Kevin o Chris高速ファンキ(Funk 150BPM)のブームを起こした中心人物の一人で、国境をこえてグローバルチャートでも成功を収めてきたアーティストです。メロウでチルなファンキを歌わせるなら、この人しかいないと思います。

Passe a Respeitar

Papatinho, Naldo, Bk’, Fernanda Abreu, DJ Chernobyl – Passe a Respeitar

アルバム「MPC」の中で私がいちばん好きな曲は、この曲です。参加アーティストは、Naldo Benny(ナウド・ベニー)BK’(ベーカー)Fernanda Abreu(フェルナンダ・アブレウ)

2025年のいま一番注目なのは、BK’(ベーカー)ではないでしょうか。BK(ベーカー)1989年生まれのラッパーで、シダージ・ジ・デウス出身。今年、アルバム「Diamantes, Lágrimas e Rostos para Esquecer」(ジアマンチス・ラグリマス・イ・ホストス・パラ・エスケセール)をリリースし、リスナーからも評論家からもかなりの高評価を得ています。MPBとRapを接続する重要な作品で、今年のブラジル音楽作品ベスト10に入ることは確実の一枚です。

BK’ part. Evinha (prod. Deekapz) – Só Quero Ver (Visualizer)

話は戻ります。

「MPC」の収録曲「Passe a Respeitar」(パッシ・ア・ヘスペイター)でコラボしていた女性アーティストは、Fernanda Abreu(フェルナンダ・アブレウ)です。90年代に活躍したダンス・ポップ系の歌手で、1961年生まれなので、なんと今年は64歳になります。

サビを歌っていたのは、Naldo Benny(ナウド・ベニー)。90年代はファンキ界で兄弟デュオNaldo & Lula(ナウド・イ・ルラ)をやっていました。兄の死後はソロ活動しており、近年もヒット曲を出しています。

DJ Chernobyl(ジージェー・チェルノビリ)は、90年代から活動しているバンド、Comunidade Nin Jitsu(コミュニダージ・ニンジツ)のメンバーとのことですが、詳細不明です。

Pixadão no Baile

Papatinho, L7NNON, LEALL – Pixadão no Baile

重低音が不穏な一曲です。こういった不穏な重低音は、2023年頃から現在にいたるまでファンキやRapのトレンドになっており、その意味で、この曲はアルバム内で一番、2025年らしい音楽だと思います。

L7NNON(レノン)1994年生まれのラッパーで、2020年代初頭に大ヒットしており、その頃の作品はパパチーニョのプロデュースによるものでした。曲中では「レノン」でなく、あだ名で「エリセッチ」(L7)と呼ばれています。LEALL(レアウ)も同時期に登場したラッパーです。

Gostinho do Amor

Papatinho, MC Maneirinho, Duda do Borel – Gostinho do Amor

ここまでの曲はどれも、ファンキのアーティストとRapのアーティストが混じりあってコラボしていました。そんな中でこの曲だけ、ゲストが2人ともファンキのアーティストです。

最初歌いだすのがMC Manerinho(エミセー・マネリーニョ)で、ラテングラミーのノミネート歴もあります。サビを歌うのがDuda do Borel(ドゥダ・ド・ボレウ)で、90年代から活動しているファンケイロのようです。

Hipnotiza

Papatinho, MC Marcinho, Xamã – Hipnotiza

2023年に亡くなったMC Marcinho(エミセー・マルシーニョ)をフューチャーした曲です。MC Marcinhoは90年代の「歌うファンキ」、Funk Melody(ファンキ・メロジー)を代表する歌手の一人で、良い曲がたくさんあり、中でも「Glamurosa」(グラムローザ)は時代を超える名曲だと思います。

Glamurosa

Xamã(シャマン)はRapのアーティストで、今年2025年はMPBに接近したアルバム「Fragmentado」(フラグメンタード)をリリースしています。

Xamã – Liniker Feat. Liniker e Major Rd (Fragmentado)

音楽的にも良いのですが、なにより先住民系の顔立ちがカッコよくて、「見た目が最高!」と私は思っています。こういうラッパーって、なかなかいないですよね。

それはさておき、「Hipnotiza」(イピノチザ)はマルシーニョの生前の録音をもとにしたと思われる楽曲です。マルシーニョとシャマンの甘くメロウな声が絶妙に組み合わさっています。

Melô do Trenzão

Papatinho, MD Chefe, Kevin o Chris – Melô do Trenzão

RapのMD Chefe(エミデー・シェフィ)と、さきほども登場したMC Kevin o Chris(エミセー・ケヴィン・オ・クリス)とのコラボ。2人の声の組み合わせが最高です。2025年らしいサウンドで、すごく良いと思います。

Come Back

Papatinho, Stevie B, Ari – Come Back

Stevie B(スティービー・ビー)80年代アメリカで活躍したラテン・フリースタイル(Freestyle)の歌手。この人の曲「Funk Melody」(ファンク・メロディー)からファンクのサブジャンル名「ファンキ・メロジー」が付けられたという説もある人物です。ファンキというと、アメリカのHip Hopのマイアミベースをルーツにもつということが知られていますが、ラテン・フリースタイルのメロディアスな音楽性こそ、ファンキのポップスのルーツにあります。

アルバムの最後はバイレファンキのルーツで締める、良い構成だと思います。

さいごに

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

「MPC」という作品は、単に昔のファンキを懐かしむだけの作品ではありません。世代やジャンルを超えて制作された、2025年だからこそ実現した野心作です。それに、ファンキというジャンルがしがらみのように持つ「セックス、ドラッグ、バイオレンス」の要素を排除し、誰もが楽しめるように加工した作品でもあります。一方で、漂白されたつまらない音楽にならないよう、大人のキッチュな遊び心もスパイスとして効いていて、そのバランス感覚も優れています。ぜひ多くの人に届くといいなと思い、つい長文の記事を書いてしまいました。

ところがこの作品、商業的にはあまり売れていない状態です…。

でも、音楽は不思議なもので、いま売れていなくても、時代が変わって初めて評価されることもあるし、まったく違う国の人たちに発見され、絶賛されることもありますよね。「MPC」も、そういうふうに時代や国境を越えてゆく作品になるといいなと思っています。

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