はじめに
こんにちは、ヨシイタケコです。2025年も残すところあと1か月。この一年間を総括する季節となりました。
というわけで、これから何回かに分けて、2025年のブラジルポップスを振り返ってみようと思います。
この記事のテーマは、「2025年のブラジル・ポップス界、5大ニュース」。この一年間、いろいろなことがありましたよね。Lauana Prado(ラウアナ・プラド)が婚約したり、Ludimilla(ルジミーラ)の子供が生まれたり、Anitta(アニッタ)の顔が変わったり──。いろいろありすぎて、「これって今年だったっけ?もっと昔だった気がする」となりがちなのが、情報過多社会のやっかいなところです。
そこで、数多くあるトピックの中から、私がとくに重要だと思うニュースを5個、選んでみました。ちょっと重めのテーマもありますが、気楽に読んでいってください。
Jãoの活動休止宣言
2025年、私がいちばん驚かされたのが、Jão(ジャウン)の活動休止宣言でした。
Jão(ジャウン)は、ここ数年のブラジル・ポップス界でもトップクラスで人気のあった男性アーティスト。イギリスのロックの影響を受けた良質なポップスをつくるシンガーソングライターで、とくに2023年のアルバム「Super」(スペル)はすばらしく、2024年は全国ツアーが大成功し、ブラジルの国民的音楽賞であるMultishow賞でも「今年のライブ」部門を受賞しています。
そんなジャウンが、全国ツアーを終えた2025年4月2日、なんの前触れもなく、SNSで音楽活動の無期限休止を宣言。人気絶頂のアーティストの、あまりにも急な活動休止宣言で、世間に衝撃を与えました。
ジャウン自身のインスタでは、次のように投稿されています。
この投稿を一言でまとめれば、「芸能活動で消耗した今、人生を見つめなおすために活動休止する」ということでしょうか。
ところで同年6月3日には、ジャウンのお父様が亡くなられたことがニュースになりました。死因は公表されていませんが、もしかするとお父様との別れが予測されたため、活動休止に踏み切ったのかもしれません。
いずれにしても、まだまだ若い才能あるアーティストなので、いつかまた戻ってくることを祈るばかりです。
Ana CastelaとZé Felipeが交際宣言
2025年のブラジル・ポップス界で最大のゴシップは、Ana Castela(アナ・カステラ)とZé Felipe(ゼ・フェリピ)の交際宣言ではないでしょうか。
アナ・カステラは、2003年生まれのセルタネージョ(ブラジルのカントリー)歌手で、2021年にデビュー、2022年の「Pipoco」で大ヒットし、Marília Mendonça(マリリア・メンドンサ)亡きあとの次世代の女性歌手として一躍注目されました。ついこのあいだまで別のセルタネージョ歌手と付き合っており、「セルタネージョ界のプリンセス」的なポジションを確立しています。
一方、ゼ・フェリピは、1998年生まれの人気セルタネージョ歌手で、ちょっとチャラい感じのキャラとしてファンキ(ブラジルのHip Hop)も歌い、ジャンルの垣根を超えた活躍をしてきました。インフルエンサーのVirginia Fonseca(ヴィルジニア・フォンセカ)と2021年に結婚しており、3人の子供がいることでも有名です。このヴィルジニア・フォンセカもすごい影響力のある人なので、「ゼ・フェリピとヴィルジニア・フォンセカ」というパワー・カップルは、ここ数年のブラジル芸能界でも特に注目されていたように思います。
そんなゼ・フェリピが、ヴィルジニア・フォンセカと別れ、アナ・カステラと付き合っていることを公表し、コラボ曲まで出したので、これはもう皆、騒ぐしかありません!
【2025年12月13日追記】
この2人、なんと年内に別れてしまいました──。
Preta Gilの訃報
Embed from Getty Images三つ目は、悲しいニュースです。
2025年、ブラジル音楽界からは、数多くの訃報が届きました。Nana Caymmi(ナナ・カイミ)、Arlindo Cruz(アルリンド・クルス)、Ângela Ro Ro(アンジェラ・ホホ)、Hermeto Pascoal(エルメート・パスコアル)、Lô Borges(ロー・ボルジェス)──。
その中でも、Preta Gil(プレタ・ジル)の訃報は、私にとって、とてもショックなものでした。
Preta Gil(プレタ・ジル)といえば、Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)の娘であり、叔母はCaetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)の元妻であり、「黒」(Preta、プレタ)という名前はGal Costa(ガル・コスタ)が名付けた、という、MPB(ブラジルの古典的ポップス)界のサラブレッドのような存在です。
ただ、いとこや兄弟たちがMPBのアーティストとして身を立てていく一方で、プレタ・ジルは自分らしく生きていくことを選び、テレビ番組の司会などをつとめ、大衆的なタレントとして活躍しました。
そして、「黒」であること、太っていること、LGBTQであることを、けっして卑下していはいけないと視聴者に訴え、最近ではPabllo Vittar(パブロ・ヴィター)やGloria Groove(グロリア・グルーヴ)のような若い才能にいち早く目を付け、彼らの活動を後押ししています。とくに、パブロ・ヴィターがデビューして間もない2017年、コラボ曲「Decote」をリリースしているのは重要です。
私は日本に住みながらSNSやYouTubeでブラジル・ポップスの動向をチェックしているのですが、プレタ・ジルはテレビ番組に出演していたり、様々なアーティストの個人的なパーティーに招待されていたり、本当によく見かけるキャラクターでした。全身から明るい人柄の良さが溢れているようで、プレタ・ジルが居ると、居るだけでその場が華やぐ、そんな人物だったと思います。
2023年から大腸がんと闘病しており、一時は手術が成功して、オストメイトのような装置をつけた水着姿を公開し、がんになっても明るく人生を楽しめるということを身をもって示しています。
そんな彼女が、がんの再発と転移にともない、ニューヨークで治療中、2025年7月20日に命を落とすことになりました。
1974年8月8日生まれで、享年50歳。
直前まで元気な写真を投稿していたのに、まだまだ笑顔を見られると思っていたのに──。あまりにも早すぎる旅立ちで、言葉がありません。
ところで、プレタジルはさいごに、「お葬式でかけるための100曲」というプレイリストを作っています。このプレイリストに、私の好きな曲がびっくりするほど入っていて、「なぜ私はプレタジルに惹かれるのだろう」という昔からの謎が、一気に解けた気がしました。プレイリストはこちらの外部記事で紹介されています。
「PEC da Blindagem」に対する抗議運動
「PEC da Blindagem」とは、何?
Embed from Getty Imagesここから、政治的な話題に突入していきます。
ブラジルでは2025年の9月ごろ、とある憲法改正案をめぐって、大騒動が起きました。
その憲法改正案は、通称「PEC da Blindagem」(ペッキ・ダ・ブリンダージェン)。国会議員を検察が起訴するためには、議会の事前承認が必要、とする改正案です。
もともとブラジルでは、国会議員の不逮捕特権について、日本の憲法50条と同じような限りで認められていました。それなのに、国会議員が起こした不祥事を検察が捜査するときにまで、議会の事前承認が必要になったら、過剰な特権となりえます。ただでさえブラジルは国会議員の汚職が多いのに、その国会議員を追及するのに国会の承認が必要なんていうルールができたら、まずいですよね。
ちなみに「PEC」は「憲法改正案」の略、「Blindagem」は「装甲、シールド」という意味で、国会議員の特権を「シールド」で守るような憲法改正案だ、という批判の意味をこめて、この通称がうまれました。
ボルソナロの処遇
また、この憲法改正案とセットで、前ボルソナロ大統領の処遇も議題にあがっていました。
ブラジルは2022年の総選挙で、「ボルソナロ VS ルラ」の大接戦を経験しています。結果は、僅差でルラの勝利。この結果を不服とする一部のボルソナロ支持の過激派が、2023年1月8日、首都ブラジリアの国会議事堂、大統領府、最高裁判所を襲撃するという大事件を起こしました。
そしてこの事件をめぐって、2025年2月、ボルソナロはクーデター未遂の罪で起訴されています。
こうした政治的な背景があるなか、「PEC da blindagem」は、反ボルソナロの立場の人たちから強く批判されることになりました。もっとも、この改正案が通ればボルソナロの起訴が取り下げられるというわけではないのですが、今後は同様の起訴が実現されにくくなるという意味で、危険視されたのです。
そういう意味で、「PEC da blindagem」は、単なる政府機関の設計に関する議題ではなく、きわめて政治的な議題だったといえます。
9月にこの憲法改正案が下院を通過すると、上院通過を阻止するために、各地で抗議デモが発生しました。
抗議活動と音楽ライブ
この世論のうねりの中で、ブラジル音楽界の大御所であるCaetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)、Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)、Chico Buarque(シコ・ブアルキ)、Djavan(ジャヴァン)が集結。ファンに抗議活動への参加を呼びかけ、屋外のデモ集会でライブをおこないました。
また、Daniela Mercury(ダニエラ・メルクリ)、Baco Exu do Blues(バコ・エシュ・ド・ブルース)、Emicida(エミシーダ)、Marina Sena(マリーナ・セナ)といったアーティストも次々と抗議の意を表し、デモに参加。Anitta(アニッタ)やPabllo Vittar(パブロ・ヴィター)のような発信力のあるアーティストも次々と同調し、ファンに抗議活動への参加をうながしています。
結果として、憲法改正案は上院を通過せず、市民運動の力で政治を動かすことに成功しました。私は日本から遠巻きに見ていましたが、「トロピカリアの再来みたいな光景だな」と感じたのを覚えています。
アーティストの政治的立場表明
一方で、SNSが普及している現代は、その光景の背後で、複雑な問題もあらわになりました。
アーティストの中には、リベラルな立場だとファンに期待されながら、意見表明しない人たちも多くいて、彼らがなぜか批判されることになったのです。
私の記憶にあるかぎりで、Ivete Sangalo(イヴェッチ・サンガロ)、Ludimilla(ルジミーラ)、Luísa Sonza(ルイーザ・ソンザ)といったアーティストが立場表明せず、その姿勢が一部ファンに失望され、非難する声が上がっていました。
ルイーザ・ソンザは結局、憲法改正案に反対すると公表し、意思表明が遅れたことを釈明するかのような動画を投稿することになりました。その動画は、なにかいじめを見ているようで、とても胸が痛んだのを覚えています。
アーティストは、いつも政治的な立場を表明をしなければいけないのでしょうか?
たとえば日本の文学界には、戦時中や戦後、世論がどんなに高揚しても、じぶんの文学だけに没頭していた小説家がたくさんいます。太宰治がすごいのも、そういうところだったのではないでしょうか?
アーティストに政治的な立場をむりやり吐かせるのは間違っている、あってはならないことだ、と私はこのとき強く思いました。
「反Oruam法」とOruamの逮捕、そして暴力団掃討作戦
最後に、また重たいトピックです。
この一年、私が個人的に一番注目していたのが、リオデジャネイロのラッパー、Oruam(オルアン)でした。
オルアンの音楽が好きでよく聴いている、というわけではありません。もっと言えば、オルアンが好きというわけでもありません。
でも、オルアンという人物がどのようにバッシングされ、どのように称賛されているかを見ていると、ブラジルのディープな側面が見える気がするので、そういった意味で、現代ブラジルの最重要人物のひとりだと思い、注目しています。
【注意】最初に断っておきますが、私はいかなる犯罪も許容しないし、いかなる犯罪組織も肯定しません。この点、誤解がないようお願いします。
Oruamとは、誰?
Oruam(オルアン)は、2001年生まれのリオデジャネイロのラッパーで、父親が有名な暴力団の幹部であることで知られています。
正確に言うと、父親は、通称Marcinho VP(マルシーニョ・ヴェーペー)。すでに逮捕され懲役刑に服しているのですが、監獄の中にいながらも、Comando Vermelho(コマンド・ヴェルメーリョ)というブラジル最大級の暴力団(トラフィカンチ)を仕切っていると言われています。
このComando Vermelho(コマンド・ヴェルメーリョ)こそ、ブラジルという国の複雑さを煮詰めたような存在です。
Comando Vermelhoとは?
Comando Vermelho(コマンド・ヴェルメーリョ、略称CV)は、直訳すると「赤い司令部」で、リオデジャネイロを中心に麻薬売買を取り仕切る犯罪組織です。犯罪を取り締まる警察や、ブラジルに住み治安の悪さにおびえる市民にとっては、諸悪の根源のような存在ではないでしょうか。
一方で、単なる「犯罪組織」と言い切れないのが、とても重要です。
たとえば、2020年に新型コロナウィルスが世界中で猛威をふるったとき、先進国がこぞって外出制限をし、急激な感染拡大を食い止めようとする一方で、ブラジルでは当時のボルソナロ大統領が外出制限に反対し、反ワクチンのデマをひろめ、統計上アメリカに次いで2位となる死者数を記録することになりました。
そんな中、リオデジャネイロのファヴェーラでは、コマンド・ヴェルメーリョのギャング団が、感染拡大を防ぐため、住民に夜間の外出禁止を呼びかけています。この意味不明な状況は、国際的なニュースになり、日本でも大きく報道されました。
コマンド・ヴェルメーリョが単なる犯罪組織ではなく、政府から見捨てられた貧困街で、ある種の「秩序」をもたらす存在であることを物語る、象徴的なエピソードだと思います。
また、コマンド・ヴェルメーリョを取り締まろうとする警察は、ファヴェーラに武装して突入し、ギャングではない一般市民も巻き添えに虐殺を繰り返してきた、という歴史があります。その最たる例が、2025年に起きてしまいました。
2025年10月28日、コマンド・ヴェルメーリョをターゲットにして行われた警察の掃討作戦により、リオデジャネイロのファヴェーラで121人の死者が出た、という事件です。掃討作戦として史上最悪の死者数で、大きなニュースになりました。
Embed from Getty Images規模こそ異なれ同様の事件は、かつて何度も起きています。今後も繰り返されることでしょう。このような乱暴な「作戦」によって、ある日突然、命を落とした人たちの遺族や関係者からしてみれば、警察や政府に対して強烈な不信感をもつのも当然ではないでしょうか。
Oruamの圧倒的な人気
そんなComando Vermelho(コマンド・ヴェルメーリョ)のリーダーの息子であるOruam(オルアン)は、
リオデジャネイロのCidade de Desu(シダージ・ジ・デウス、シティ・オブ・ゴッド)地区で生まれ育ち、
2021年に20歳でデビューして以来、ファンキ(Funk)やトラップ(Trap)のラッパーとして圧倒的な人気を集めてきました。
とても重要なのは、オルアン自身にはもともと大きな犯罪歴が無かった、ということです。さらに、大学進学率の低いファヴェーラで生まれ育ちながらも、私立大学に進学しています。
こういった事実から推測してみても、オルアンはいわゆる不良ではなく、むしろ「お坊ちゃん」と言ったほうが適切なのではないでしょうか。じっさい、オルアンが2025年に逮捕され、獄中で書いた手記が公開されると、その「字のうまさ」が話題となりました。オルアン自身は、複雑な家庭に生まれ、勝手に期待されたり、犯罪者の子として差別されたりして、苦労しているのかもしれません。
一方で、オルアンのファンたちは、おそらくコマンド・ヴェルメーリョのリーダーMarcinho VP(マルシーニョ・ヴェーペー)の息子だからこそ、オルアンに惹かれているのではないかと思います。そして実際、コマンド・ヴェルメーリョの「王子」的な存在であるがゆえ、オルアンは警察からも政府からも危険視されることになりました。
反Oruam法
2025年1月以降、「反オルアン法」(Lei Anti-Oruam)と呼ばれる法案が、サンパウロなど、ブラジル各地の地方自治体で提出され、次々と可決し、施行されていきました。
「反オルアン法」を一言でまとめると、公的資金によるイベントでは、犯罪組織の礼賛やドラッグの礼賛をしているアーティストを出演させない、というもの。実際の法案名や法律の条文にはオルアンの名前は出てきませんが、明確にオルアンを標的として立案されています。
この法案に対し、オルアンは、立案した市議会議員を脅迫するようなSNSの投稿をし、これも問題となりました。
ところで、「犯罪組織の礼賛」や「ドラッグの礼賛」をしているアーティスト、というのは、かなり雑な定義ですよね。いくらでも拡大解釈できます。「ルジミーラも『Verdinha』(マリファナの曲)を歌っているから、アウトということ…?」と私は考え、ちょっと怖い法律だなと思いました。
じっさい「反オルアン法」は、ファヴェーラの文化であるファンキ(Funk)そのものを否定する文化的弾圧ではないか、という批判もされています。ファンキは昔から「犯罪者の音楽」として差別されてきました。そのような歴史をかんがみても、「反オルアン法」は、あやうい法律だと思います。
このように「反オルアン法」が波紋を広げる中、オルアン自身は2025年2月21日、「Liberdade」(リベルダージ、自由)という初のスタジオ・アルバムをリリースしました。

ジャケットは家族写真で、全員がMarcinho VP(マルシーニョ・ヴェーペー)の顔写真と「Liberdade」(自由)という文字のプリントされたTシャツを着ています。このTシャツは、2024年のロラパルーザ・ブラジルのステージでも着用していて、そのときも「父親の釈放を訴え、若者を扇動している」と物議をかもしていました。かなり挑発的なジャケットであることは間違いないです。さらにアルバムには「Lei Anti O.R.U.A.M」(反オルアン法)という曲も収録されています。
また、リリース直前に、オルアンが警察車両の目の前でウィリーをし、危険運転で逮捕され、すぐに高額の保釈金を払って釈放される、という事件が起きています。この逮捕劇は、アルバムの宣伝をするための売名行為だと批判されました。オルアンは、ただでさえ自分の存在が議論の的になっているのに、あえて挑発行為をやり続けていた、と言えます。
Oruamの収監
そんなオルアンが、7月から9月までの2カ月間、ついに収監されることになりました。
罪状は、警察官に対する殺人未遂、麻薬密売への関与、などなど。ただ、どうも実際に起きたことは、指名手配されている人物を家にかくまい、家の外にいる警察官に石を投げた、ということらしく、今後もっと大きな犯罪を犯す可能性があるので「予防拘禁」されたそうです。
私はブラジルの法制度に詳しくないのでよく分かりませんが、「予防拘禁」なんていうことがありうるのか、と驚いたのを覚えています。当然、ブラジル国内でも不当な身柄拘束ではないかという批判もあり、オルアンの釈放を求める声も上がりました。
そして「オルアンの釈放」は、私にとって本当に印象的な光景でした。
刑務所の門には、オルアンの家族だけでなく、もはや国民的ラッパーといえるMC Cabelinho(エミセー・カヴェリーニョ)や、ギャングスタ・ラップで有名なMC Poze do Rodo(エミセー・ポジ・ド・ホード)が迎えに来ており、車で刑務所から家に向かうまでのあいだ、バイクに乗った若者たちに四方八方を囲まれ、道路を埋め尽くすように集団走行する様子は、あたかも「英雄の凱旋」のようでした。そのときの映像は、釈放後すぐにリリースされたシングル曲、「Freestyle Depois da Cadeia」(出所後のフリースタイル)のミュージックビデオになっています。
最後にかさねて言いますが、私はオルアンが好きというわけではありません。音楽があまり好きではないし、警察車両の前でウィリーするような、そういう売名行為が好きではありません。
でも、オルアンが一部の層から絶大な支持を集めているという現実や、また別の層からは忌み嫌われている現実を見ると、この二重性こそ、ブラジル社会のかかえる問題を象徴しているのではないか、と考えさせられます。そして、オルアンは不当ともいえる身柄拘束をされたために、かえって前よりも英雄視されるようになったのではないか、警察や政府はその点を根本的に見誤ったのではないか、と思ったのでした。




