MC Lan(エミセー・ラン)の新作がメタルだった!
こんにちは、ヨシイタケコです。今回のテーマは、MC Lan(エミセー・ラン)のニューアルバム、「V3NOM Vol. 1 – Eclipse」(ヴェノム・ヴォウミ・ウノ、エクリプシ)について。
このアルバムがリリースされてからというもの、MC Lan以外のことについて考えられなくなってしまいました。なので、そんな自分を落ち着かせるために記事を書きます。私のほかにニーズは無かもしれません──。
でも、バイレファンキ、ニューメタル、System Of A Down、Suicidal Tendencies、Daft Punk、Led Zeppelin、King Crimsonといったキーワードに少しでも関心のある方は、ぜひ最後までお付き合いください。これらのキーワードがすべて交差する、想像を超えた世界が、この先に広がっています。
MC Lan(エミセー・ラン)とは誰?
まず、MC Lan(エミセー・ラン)とは誰か、ということです。
Anitta(アニッタ)のお尻で有名なこの曲の人、と言えば、心当たりのある人もいるのではないでしょうか。
「Rave De Favela」(ハーヴィ・ジ・ファヴェーラ)は2020年のバイレファンキ(Funk)の曲で、Major Lazer(メジャー・レイザー)がプロデュースしており、2020年のラテン・グラミーで「アーバンソング部門」にノミネートされました。ミュージックビデオでアニッタに負けず強烈な個性を放っている男性ラッパーが、MC Lan(エミセーラン)です。
この頃のMC Lanは、アクの強い下ネタ系のラップをやっていました。こういったエロ系ファンキを、「ファンキ・オウサジア」(Funk ousadia)といいます。ファンキ・オウサジアは2015年あたりからサンパウロのバイレファンキ(Funk paulista)のシーンで流行していました(詳細はこちらの記事)。
サンパウロといえば、ブラジル最大の都市。富裕層も住む一方、巨大な貧民街もかかえており、ブロックによって治安がとても悪いことで有名です。
そんなサンパウロの貧困地区(periferia、ペリフェリア)で育ったMC LanことCaio Alexandre Cruz(カイオ・アレジャンドリ・クルス)は、学校教育をほとんど受けておらず、一時期ラジオMCとなり、いろいろあって逮捕され、一年半の刑務所暮らしを経験しています。
釈放後はホームレスの状態から人生を再スタートして、ファンキのアーティストとなることを決意。ネットカフェで音源を作っていたため「MC Lan」という芸名になり、一日一曲つくる、というストイックな創作活動を続けるうち、ヒットして一躍有名になりました。
また、MC Lanといえば、Ludmilla(ルジミーラ)とコラボしたSkrillex(スクリレックス)の曲も忘れてはいけません。
「Malokera」(マロケラ)は、「ゴマロケラ」という謎の日本語のテロップや、「洗濯機」としか聞こえないフレーズが印象的で、「おもしろ系」かと思いきや、じつはかっこいい曲だと思います。ミュージック・ビデオを公開しているKondZilla(コンジラ)は、2010年代に大流行したファンキ専門のレーベル兼YouTubeチャンネルで、MC Lanは常連の人物でした。
さて。正直に言って、私はMC Lanがそんなに好きではなかったです。AnittaやLudmillaと共演しているからチェックするけれど、ソロ曲には興味がありませんでした。
だからこそ、まさか2025年になってMC Lanをこんなに好きになるとは、自分でもまだ信じきれていません──。
まさかのメタル
そんなMC Lanが、2025年12月12日にリリースしたアルバム、「V3NOM Vol. 1 – Eclipse」(ヴェノム・ヴォウミ・ウノ、エクリプシ)は、想像の斜め上をゆくメタルの作品でした。
1曲目「Robocop」(ホボコッピ)でコラボしているのは、なんとSystem Of A Down(システム・オブ・ア・ダウン、SOAD)のドラマー、John Dolmayan(ジョン・ドルマヤン)。2000年ごろのニューメタルを思い起こさせるこの曲には、ブラジルのMPB系のラッパー、Criolo(クリオーロ)も参加しています。
3曲目「ØZ」(オズ)では、Suicidal Tendencies(スーサイダル・テンデンシーズ)に在籍していたことのある(2016~2021年頃)べーシストのRa Díaz(ラ・ディアス)とコラボ。ハードコアの曲なのに、最後はDaft Punk(ダフトパンク)のサンプリングで締めくくられています。意外な取り合わせが面白い一曲です。
そして4曲目のDarth Vader(ダーチ・ヴェイダー)は、ファンキとメタルを掛け合わせた一曲となっています。
この曲「Darth Vader」は、MC Lanの最大のヒット曲「Rabetão」(ヘベタン)を下敷きにしています。
元曲では、「いいケツしてるね」みたいなことしか言っていません。そんな曲から、「君のためにセレナーデを歌うよ」(Eu vou fazer uma serenata)というフレーズだけを取り出し、美しいラブソングにしています。
あらためてこう聴きくらべてみると、「ちょっと、いったいMC Lanに何があったの?!」となりますよね。
一体、何があったのか?
成功の裏のアイデンティティ・クライシス
MC Lan(エミセー・ラン)がラテングラミーにノミネートされ、世界中のアーティストとコラボするようになり、絵に描いたような成功をおさめていた、ちょうどその頃。
彼自身の中では、「いったい自分は何者なのか」と自問するアイデンティティ・クライシスが起きていたそうです。
その頃をふりかえり、今回の作品を制作するにいたった経緯を、MC Lanはこう語っています。
あの曲は、幸せをもたらすどころか、次の一歩を踏み出す恐怖をもたらした。プレッシャーだった。あれと同じくらい良いものを届けないといけない…そうなのか? また曲作りをはじめたとき、みんなが自分に期待するものを作りたくはないって気づいた。で、『V3nom』(新作)を作り始めたとき、トラップをやって、またみんなが自分に期待するものを作ろうとしてしまった。
Rolling Stone Brasil、2025/12/12
また別のインタビューでは、「自分のアートのなかで、自分自身でいることが一度もなかった」とも言っています。
KondZillaのビデオに出てくるMC Lanは、あくまで演じられたキャラクターだったのです。
転機となったBrimg Me the Horizonのサンパウロ公演
流行のファンキ・オウサジアをやり、世界中のエレクトリック・ミュージックのアーティストとコラボし、富も名声も得た。でも幸せになることはできず、売れるものを作ったり、皆が求める音楽を作ることに疑問を持つようになった。
そんなMC Lanがニューアルバムを作り始めたとき、先のインタビューでも語られていたように、まず最初はトラップの曲を作ってみたそうです。Hip Hopのサブジャンルであるトラップは、ここ数年のブラジルで大流行しています。流行に敏感なラッパーならば、今トラップをやるのは当然のことでしょう。
それでも、楽曲を制作する過程で「これではない」と感じたMC Lanに、転機がおとずれました。2024年におこなわれた、Brimg Me the Horizon(ブリング・ミー・ザ・ホライズン)のサンパウロ公演です。
このライブにゲストとして出演したMC Lanは、ステージを見た妻からこう言われたそうです。
「あれこそあなただよ。あなたの目が輝いてた。エミセー・ランじゃなくて、私が恋に落ちたカイオ(本名)を見たよ。久しぶりに見た。」
この妻の言葉を聞き、「ロックこそ自分らしい表現ができるジャンルなのではないか」という着想を得たエミセー・ランは、友人にも試作の曲を聴かせ、その反応を見ながら曲の選別をおこなっていくうちに、いつのまにか全曲ロックの新作が出来上がったといいます。
また、2018年に亡くなったファンキ界の大御所、Mr Catra(ミスター・カトラ)も生前、「もっとロックをやっておけばよかった」という後悔をMC Lanに語り、ロックをやるようアドバイスをくれていたとのこと。そういった先人の遺言があったからこそ、今回の作品が出来あがったのかもしれません。
もともとメタルが好きだった
それにしても、とつぜん異業種(?)の人間が、こんな良いメタルの作品をつくれるのでしょうか?
じつはエミセーランは、子供のときからメタルやロックが好きで、よく聴いていたそうです。彼が好きなアーティストとして名前を挙げるのは、Sepultura、Black Sabbath、Manowar、Gun N’Roses、Rush、King Crimson、Yes。こういった趣味嗜好を知ると、今作が誕生したのも納得がいきます。
また、MC Lanは、ファンキのアーティストとしてキャリアがあり、国境も文化も超えて様々な人物とコラボしてきました。そういった実務的な経験や、人脈づくりのノウハウがあるからこそ、才能ある面白い人材を集めて、まったく新しいものを創り出すことができたのかもしれません。
私の好きな曲
アルバムの中から、私が「すごい」と思った曲をピックアップします。
Runas
「Runas」(ルナス)は最近のブラジルのトラップの歌い方をしている曲です。もともとトラップの曲として作曲されたのではないでしょうか。神秘主義的な歌詞とメタルのアレンジで、唯一無二の曲に仕上がっています。終盤にLed Zeppelinの「Kashmir」のギターリフが入ってくるのも良くて、7分23秒という長い曲ですが、最後までしっかりと聴かせます。
最近は短い曲が主流の中で、時代に逆行していて、かっこいいです。
Zatmemie
「Zatmemie」(ザトメニエ)はチェコ語で「月蝕、日蝕」を意味する言葉らしいです。この曲は完全にプログレで、プログレ好きの方に是非聴いてみてほしい一曲となっています。
King CrimsonやPink Floydを彷彿とさせる8分15秒の長い曲です。曲調の変化がカタルシスとなっていて、中毒性があります。
Dark Matter
スウェーデンのラッパー、Bladee(ブレイド)とコラボしたアヴァンギャルドな一曲。アルバム本編には組み込まれておらず、あくまでもボーナストラック扱いされています。たしかにこの曲はロックではなく、アルバム本編とはコンセプトが異なりますよね。この曲をあえてボーナストラックとしているところに、アルバムの世界観に対するこだわりを感じます
さいごに
私はブラジル音楽にハマる前、メタルをよく聴いていました。中学生のころにKornやSystem Of A Downと出会い、伊藤政則氏の深夜ラジオを聴くようになり、Ministry、Slayer、Emperor、Opeth、Kyuss、Black Sabbathに夢中になり、NileやDillinger Escape Planの新作を心待ちにする、そんな青春時代でした──。
その後、いろいろあってメタルから離れ、ブラジルのMPBや、2010年代以降のブラジル・ポップスにのめり込み、今はこんなブログをやっています。
そんな私にとって、MC Lanの新作は、本当に衝撃的でした。
「V3NOM Vol. 1 – Eclipse」という作品のすごさは、「こうしたらメタルっぽい」というメタルのスタイルをただなぞっているだけでなく、メタルが本質的にもつ衝動性とか、強い世界観とか、そういったものがちゃんとあるところです。参加している無名のアーティストたちも腕が良く、聴けば聴くほど面白くて、発想が自由で、心に響く作品だと思います。
また、この作品は、時代や流行に流されていません。いまのMC Lanがトラップをやったら、ブラジル国内ですごく売れたでしょう。エレクトロニック・ミュージックやファンキをやったら、国際的に評価されたと思います。そんな中で、マーケティングをせず、ただただ自分の内側から湧き出るものを純粋に表現するためだけに、メタルをやっている。そこが最高にかっこいいです。
誰もMC Lanにメタルを求めていませんでした。メタルというジャンルの特性ゆえ、ブラジル音楽の評論家からもあまり評価されないでしょう。それでも、あくまでも自分のやりたいことをやりきったMC Lanは、真のアーティストだと私は思います。
「V3NOM」は3部作として構想されており、もう80曲を作り終えているそうです。第2部となる作品は、ブラジル、そしてアフリカのルーツをたどる内容で、KornのベーシストだったFieldy(フィールディ)が参加するかもしれないとのこと。楽しみです!


