今だからこそ聴くMinistry【その2】ディープな話

アーティスト紹介
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はじめに

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アメリカのバンド、Ministry(ミニストリー)特集第二弾です。

前回の記事ではバイオグラフィーをたどり、ミニストリーの名曲や、時代ごとの典型的な曲を時系列にならべて整理しました。そっちの記事のほうがメインの記事ですので、未読の方は第一弾からどうぞ。

第二弾は、ミニストリーに関するもっとディープな話です。「ミニストリーについてもっと知りたい!」という奇特な方にむけて、耳寄りな情報をお伝えできればと思います。

ご紹介するのは、Al Jourgensen(アル・ジュールゲンセン)ルーツウィリアム・バロウズから受けた影響、ティモシー・リアリーとの共同生活、そして数多くのサイドブロジェクト。果たして需要があるのか分かりませんが、最後まで突っ走っていきます!

ジュールゲンセンという名前

ミニストリーについて知ると、まず気になるのが「Al Jourgensen(アル・ジュールゲンセン)」という名前ではないでしょうか。

なにせ響きがカッコいいですよね。「一体どこの国にルーツをもっているのだろう?」と私も疑問に思っていました。

じつはアル・ジュールゲンセンは、キューバ系アメリカ人です。

Wikipediaによると、出生名はAlejandro Ramírez Casas(アレハンドロ・ラミレス・カーサス)1958年キューバで誕生しましたが、生まれてすぐにキューバ革命が起こり、家族でアメリカに移住しています。

アルの話では、他の家族全員が先にマイアミに渡った後、最後に残された2歳のアルと祖母でキューバを出国したらしく、超満員の飛行機に乗せられ、機体が激しく揺れながらもなんとか離陸したことが人生最初の記憶となっているそうです(Revolver、2019/7/1)。

その後、6歳になるまで英語もしゃべれず、市民権も無い状態だったとのこと。母親再婚してJourgensen(ジュールゲンセン)というになり、この新しい名前とともにアメリカ国民としての人生が始まりました。

ところが、義理の父と折り合いが悪く、移民として受ける差別も経験し、アルは非行に走ることになります。

こうした経歴ゆえ、アルは、移民や社会的弱者を切り捨てるような政治が許せず、レーガン大統領の時代から「反共和党」という立場を貫いているようです。

とはいえ、ミニストリーの音楽を時系列で聴くと、最初のうちは、そこまで政治色が強かったわけではありません。主要メンバーの脱退や死別をへて、「それでもミニストリーを続けるとしたら、それはどんな音楽なのか」ということを突き詰めていった結果、いつのまにか政治色が強まったのではないかと思います。

ウィリアム・バロウズからの影響

同時代にたくさんのバンドがいた中、どうしてミニストリーは、新ジャンル「インダストリアル・メタル」を開拓するほど革新的なことができたのでしょう?

その要因のひとつが、作家ウィリアム・バロウズの存在です。バロウズから影響を受けたロックスターはたくさんいますが、ミニストリーの場合、音楽自体をバロウズにならっています。

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カットアップ

ウィリアム・バロウズは、彼自身の人生でもあった麻薬依存や同性愛をテーマに創作をおこない、「カットアップ」と呼ばれる手法で実験的な作品を残しています。「カットアップ」は、文章の書かれた紙をハサミで切り、バラバラにしてから適当に貼り付けていって、作品をつくるという手法です。

これがとてもカッコいいんですが、読む側としては正直な話、とても疲れます…。なにを隠そう私も最後まで読めた本は少ないです。バロウズの代表作といえば『裸のランチ』ですが、カットアップ有りで読みやすい『麻薬書簡』のほうが面白いと思います(中島らもも、たしかそう言っていた)。

「カットアップ」はすぐ音楽の世界にも導入され、作曲や作詞で生かされることになりました。またそれとは別に、録音した音をコラージュする「サウンド・コラージュ」自体は、20世紀初頭から行われていたという話もあります。

こういった文化的背景のもと、実験的で反社会的なノイズ音楽、「Industrial Music(インダストリアル・ミュージック)」がヨーロッパで生まれ、発展していったようです。

そしてアルはこのインダストリアル・ミュージックの影響を受けながら、ウィリアム・バロウズの手法に原点回帰することで、独自のスタイルを作り出していきました。

少なくともアル自身は、そう振り返っています。

俺たちが新しいことを思いつけたのは、当時いちばん影響を受けていたのが、ウィリアム・バロウズのカットアップ技法や、ブニュエルみたいなやつだったからじゃないかな。他のバンドを模倣するんじゃなくて、俺は音楽じゃない他の媒体のアーティストを模倣しようとしていた。そこから型ができたんだ。でも、「The Land of Rape and Honey」は本当に無人地帯のようだった。俺たちは、自分たちが何をしているのか分からなかった。俺たちは、バラバラにした1/4インチテープを床にばらまいては、つなぎ合わせて、まさに『裸のランチ』か何かのようだった。それがうまくって、俺たちを際立たせていた。

Louder、2021/12/14

今でこそ機材が進歩し簡単にサンプリングができるようになりましたが、当初アルはテープを剃刀で切り、つなぎあわせて音源を作っていたそうです。文字通り「カットアップ」で作られた音楽、そしてバロウズを参照にして作られた音楽。ミニストリー独自の音楽スタイルには、そんな側面があると言えます。

他にも、偶然マイクのプリアンプが故障したことがきっかけとなり、音を極端に歪ませる手法を取り込むようになったとか、アルの人脈がヨーロッパのインダストリアル・ミュージックからアメリカのハードコア・パンクまで幅広かったとか、色々な要因によって、ミニストリーは新ジャンルを開拓していくことになったのだと思います。このあたりの検証は、専門家のご意見を伺いたいところです。

名曲「Just One Fix」

さて、そんな「カットアップ」の集大成ともいえるのが、ミニストリーの代表曲ともいえる「Just One Fix(ジャスト・ワン・フィックス)」です。

Ministry – Just One Fix (Official Music Video)

Just One Fix」は、1993年名盤Psalm 69(サーム・シクスティナイン)」に収録されており、典型的な「カットアップ」で出来ています。

麻薬依存について歌った曲で、ドラッグをテーマにした色々な映画(『シド・アンド・ナンシー』など)のセリフがサンプリングされているらしく、「Just One Fix(たった一発のブツ)」というタイトル自体、『黄金の腕』というフィルム・ノワール作品のセリフに由来しています。

なんの前知識なしに聴いても最高な曲ですが、知れば知るほど音響が凝っていることに気づかされ、構成のすごさに震えることになる名曲ではないでしょうか。

そしてミュージックビデオでは、なんと高齢のバロウズ本人が、声と映像で出演しています!

インタビュー記事によると、アル自身が友人とバロウズ邸をたずね、ヘロインを手土産に渡して親交を結んだらしく、そのとき撮影された映像が編集されてMVになったようです(Far Out、 2024/1/30)。曲自体もMVバージョンとアルバム・バージョンは異なります。MVバージョンではバロウズの肉声「Bring it all down(全部ぶちこわせ)」もサンプリングされており、史料的価値もある作品となっています。

ちなみに「Just One Fix」は、Rolling Stones誌ヘビーメタル歴代ベスト・ソング49位に選ばれており、ブラジルのメタルバンド、Sepultura(セパルトゥラ)カバーしています。セパルトゥラとミニストリーの関係は深く、マックス・カヴァレラ在籍時には一緒にツアーもやっていたようです。

時代を映すスクラップ・ブック

「なぜ今、ミニストリー?」という問にも通じるのですが、カットアップを多用するミニストリーの音楽は、「その時代を映すスクラップ・ブック」のような役割も果たしているように思います。昔のミニストリーの曲を聴くと、その時代に起きた事件を、嫌でも思い出させられるんです。

たとえば、2022年の曲「Alert Level(アラート・レベル、警戒レベル)」では、グレタ・トゥーンベリ国連気候行動サミット演説(2019年)がサンプリングされています。

MINISTRY – Alert Level (Quarantined Mix) (OFFICIAL LYRIC VIDEO)

「死ぬ準備をしよう!(Let’s get ready / Get ready to die)」という歌詞はデス・メタルっぽいですが、「どのくらい心配していますか?(How concerned are you?)」という女性の声のサンプリングも印象的ですよね。コロナの時代にリリースされているので、パンデミックの曲として受け止めることもできると思いますが、そこに突然グレタ演説が入ってくるあたりは、気候変動を警告しているとも解釈できます。

というか、グレタ演説の存在自体、私はコロナやウクライナ戦争の衝撃ですっかり忘れていて、ミニストリーを聴いたおかげで「あぁ、そんなことがあった!」と思い出すことができました。本当、アルに感謝です。

今の時代、ニュースは分刻みで更新され、瞬間的に話題を独占し、ブームが去ると1か月前のことですら忘れ去られてしまいますよね。そんな中でミニストリーの作品は、歴史を忘れないでいるのに役立っている、と私は思います。

これは私の考え過ぎというわけでもないようです。アル本人も自分のことを「写真家」にたとえて、こう語っています。

俺は自分のことをミュージシャンだとは思ってない。俺は写真家だと思ってる。社会がどんなものか、スナップショットを撮ってまわってるだけなんだ。俺はタイムカプセルみたいなものだ。だから、ミニストリーのアルバムを聴けば、俺がその時代に社会の中で何が起きていると感じてたか、行間から見ることができる。

The Big Takeover、2024/2/25

ミニストリーというと、黄金期の滅茶苦茶カッコよくて革新的なことをやっていた時代が、やっぱり最高です。その時代限定でミニストリーを愛しているファンが多いのも分かるし、最近の「政治化」を嫌うファンの気持も分からなくはないです。

一方で、「アルが生き残り、バンドを解散せずに続けていった「壮年期」や「老年期」のミニストリーも、じつは重要なことをやっているのでは?」と私は思います。今だからこそミニストリーを聴こう、ということでこの記事をアップしたのは、そういう問題提起がしたかったからでもあります。

ドラッグ

アルジュールゲンセンについて語るうえで避けて通れない、ドラッグについても触れておきます。

アルの麻薬中毒は有名で、ヘロインを18年間、コカインを15年間やり続けていました。1995年にはヘロイン所持で逮捕され、5年の執行猶予が言い渡されています(Metal Hammer、2016/3/29)。

また、1990年代にはティモシー・リアリーと1年半におよぶ共同生活を行っており、幻覚剤の被験をつとめています。ティモシー・リアリーといえば、LSDのような幻覚剤を用いた精神療法を提唱した心理学者で、ヒッピー文化ニューエイジ思想に多大な影響を与えた人物です。

ミニストリーのドキュメンタリー映画Fix」では、アルがティモシー・リアリーを「父のような存在」だと語っており、精神的なつながりの深さが見て取れます。こういった人脈ゆえ、ミニストリーをサイケデリック・カルチャーの文脈でとらえることもできるかもしれません。

現在のアルは、オーバードーズで2回も死にかけ、仲間の死も経験したこともあり、ハードドラックを断っているようです。一方でマリファナやマジックマッシュルームは止めてない──どころかこうしたドラッグが創作の源泉となっているのではないか思います。

日本ではアウト?

ところで、日本では社会全体に「ドラッグを許さない」という風潮があります。薬物所持で逮捕された瞬間、その人は死ぬまで社会的信頼を失いますよね。

そんな日本で、ミニストリーは存在自体がキャンセルされてもおかしくないし、ミニストリーについて記事を書くことで、私も信頼を失うかもしれません。

そもそも、今はアメリカオピオイド危機が昔と比べて桁違いに深刻化しており、もはやミニストリーを気軽に聴くことはできないかもしれません。

このことについて、私の考えを書いておきます。飛ばしたい方は次の項目へどうぞ。

まず、「ドラッグを許さない」という理念は大事だと思いますが、一度でもドラッグに手を出した人間を社会から排除しようとする傾向は、社会にとって大きな損失をもたらすと思っています。ヤク中の音楽を全部キャンセルしたら…と考えるだけでも恐ろしいですよね。ロック史が塗り替わります。それに、もっと寛容な世の中のほうが、みんな生きやすいんじゃないでしょうか?

また、色々な意見があると思いますが、私の考えでは、世間的に理想的だとされる生き方ができない、したくない人間の「逃げ場」として、文学や音楽があると思っています。

少なくとも私にとって、音楽はそういった「逃げ場」です。いろいろうまくいかないことがあって落ち込んだ時、私は音楽に救われてきました。そして、そういうときに救いになったのは、明るくて健全な世界観より、暗くて不健全な世界観でした。

たとえばウィリアム・バロウズの自伝的な小説『ジャンキー』では、「麻薬は生き方なのだ」という言葉が登場します。とんでもない開き直りですよね。

でもこの言葉は、私なりに解釈すると、アメリカの理想的な生き方──カネを稼いで勝ち組になって結婚して郊外に家を建て子供たちを育てる──に対するアンチテーゼです。そういった生き方ができない人間にも人生がある、ということを暗に意味しているように思います。

実際、小説『ジャンキー』では、麻薬中毒者の日常が、植物の観察日記のような冷徹さで書かれていて、そこに悲壮感や「負け組(loser)」のコンプレックスは1ミリもありません。多くのアメリカ映画やドラマが「負け組(loser)」になりたくないという強迫観念を描いている中、バロウズやその影響を受けた創作物は、「勝ち負け」のコンプレックスを超越したところで展開されているように思います。

私は就活で悩んでいたころにこの本を読み、主人公が自分にふりかかる苦痛について他人事のように淡々と語る、その語り口が面白くて、だいぶ救われました。ついでに「麻薬依存になると苦しいんだな、酒は人間を狂わすんだな」ということまで学べて、本当に感謝しています。

だから『ジャンキー』の復刊(少なくとも電子書籍化)を希望しているし、こういった作品をキャンセルしてしまうのは良くないと思っています

そもそもアートの世界がすべて「道徳的に正しい」世界になってしまったら、悪夢ではないでしょうか。それを現実にやったのはナチスです。ナチスは自分たちの定義する「道徳的正しさ」を芸術に求め、それから逸脱する「退廃芸術」を弾圧しています。

ミニストリー以外のサイド・プロジェクト

ミニストリーが好きになってきたら、アル・ジュールゲンセンのサイド・プロジェクトにも注目です。たくさんあるので、代表的なものだけ紹介しておきます。

Revolting Cocks(リヴォルティング・コックス)

ベルギーのFront 242(フロント242)のメンバーと組んだバンドで、ミニストリーと同じくらい長い歴史があります。

Front 242は、Electronic Body Music(EBM、エレクトロニック・ボディ・ミュージック)と呼ばれるジャンルの提唱者で、ヨーロッパの「踊れる音楽」としてのインダストリアルを盛り上げた立役者でもあります。

サイケデリックでキッチュな「裏ミニストリー」として、音源発掘のしがいがあるバンドです。

Revolting Cocks – Butcher Flower’s Woman

Pailhead(ペイルヘッド)

ワシントンD.C.のハードコア・パンクの伝説的存在、Fugazi(フガジ)Ian MacKaye(イアン・マッケイ)と組んだプロジェクト。1988年にEPをリリースしています。

イアンマッケイといえば、禁酒・禁煙などを自戒するパンク精神、「ストレートエッジ」の提唱者で、アルジュールゲンセンの真逆のイメージがありますが、仲が良かったようです。

Man Should Surrender

Acid Horse(アシッド・ホース)

イギリスのインダストリアル・ミュージックの大御所、Cabaret Voltaire(キャバレー・ヴォルテール)とのコラボ。1989年に一曲だけリリースしています。アシッドハウスに対するアル流の返答で、必聴の曲です。

Acid Horse – No name no slogan 1989

Lard(ラード)

左翼のハードコア・パンク・バンド、Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)のヴォーカルだったJello Biafra(ジェロ・ビアフラ)とのコラボ。

ジェロ・ビアフラはミニストリーでも何度かゲスト参加しています。スピード感あふれるハードコア・パンク寄りのインダストリアル・メタルです。

Forkboy

Buck Satan(バック・サタン)

アルはカントリーが大好きらしいです。よくテンガロン・ハットをかぶっているし、たまにミニストリーの曲でもハーモニカを吹いていて、「言われてみればたしかに」という気もしますよね。

「カントリーの作品を作りたい」と昔から思っていたようで、胃潰瘍で死にかけた後、その夢を実現しました。カントリーが「商業化」して「右傾化」する以前の、もっと無茶苦茶で面白かったカントリーを蘇らせるための作品らしいです。

Medication Nation

Surgical Meth Machine(サージカル・メス・マシーン)

夭逝した速弾きのギタリスト、マイク・スカッシアを悼むプロジェクト。アルバムジャケットのレントゲン写真アル自身のものです。長年の麻薬中毒の影響で、インプラントだらけになっています。

全曲を220bpmでやるという縛りで制作したらしく、スピードメタルから始まりますが、制作途中でアルがテキサスからカリフォルニア転居し、医療用大麻が入手できるようになるなど、色々な事情があって、後半はサイケデリックになっていきます。前衛的で、歌詞が面白い一枚です。

I’m Sensitive

その他

ほかにも Skinny Puppy(スキニー・パピー)のNivek Ogre(ニヴェック・オーガ)とのコラボ(PTP)、Black Sabbath(ブラック・サバス)へのオマージュ(1000 Homo DJs)、まさかのクリスマスソング(It’s Always Christmas Time)まで、本当に手広く活動しています。発掘すればするほど面白いです。

Supernaut

さいごに

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ここまで、ひたすらミニストリーについて語ってきました。こんな長い記事をお読みになって、さぞかしお疲れではないでしょうか。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

「最近ミニストリーのこと以外をあまり考えられない」という私の衝動だけで書いたような記事ですが、ミニストリーの面白さを少しでも共有できれば嬉しいです。

おまけとして、アルによる読者お悩み相談的なケラング誌の記事と、アルの破天荒なエピソードを集めたメタルハマー誌の記事のリンクを貼っておきます。読むとなぜか元気がもらえるので、疲れたときに読むのがオススメです。

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