Matuê(マトゥエ)のアルバム「333」が大ヒット

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Matuê(マトゥエ)が待望のスタジオ・アルバムをリリース

2024年9月9日、Matuê(マトゥエ)2枚目スタジオ・アルバムとなる「333」(トレス・トレス・トレス)がリリースされました。

Matuê(マトゥエ)は、ブラジルのトラップ(Hip Hopのサブジャンル)の頂点に立つアーティストです。ブラジルでは2010年代後半からトラップの流行が始まり、その中でもマトゥエは若者の絶大な支持を集めてきました。2023年のMTV Europe Music Awards(MTVヨーロッパ・ミュージック・アワード、MTV EMA)では、オンライン投票の結果、Best Brazilian Act(ベスト・ブラジリアン・アクト)を受賞。例年の音楽フェスでの集客ぶりを見ても、その人気の高さがうかがえます。

今回の「333」(トレス・トレス・トレス)は、デビューアルバムでもある前作「Máquina do Tempo」(マキナ・ド・テンポ)から約4年ぶりとなる新作です。この4年間、シングルは数多く出していましたが、デビューアルバムの評価がとても高く、まさにファン待望のスタジオ・アルバムでした。

そして、これが本当に良い作品なんです! 「トラップなんて聴かないんだけど…」という人にこそ聴いてみてほしい、聴いてみる価値のある内容になっています。

そこでこの記事では、2024年のブラジルポップス最大のヒット作にもなるだろう「333」という作品のすごさ、そしてマトゥエというアーティストの魅力を、少しでもお伝えできればと思います。

タイトル曲「333」

Matuê – 333

まず最初に聴いてみてほしいのは、タイトル曲の「333」。ボーナストラックを除くとアルバムの最後を飾る、レゲエ調の曲です。

そう、トラップではないんです! サイケデリックな音響、覚えやすいサビのメロディー、そして独特な歌い方は、典型的なマトゥエのスタイルなのですが、この曲だけでなく、アルバム全体が、「いわゆるトラップ」からの脱却をはかっています

この変化をブラジルのファンがどう受け止めるのか、今後どのように評価されていくのか、私には分かりません。ただ、なんの前知識がなくてもストンと腹に落ちて心地よい、文化や国境をこえて愛される音楽ではないでしょうか。

注目曲

アルバム「333」は、ぜひ全曲を通して聴いてみて欲しい作品です。ずっとトラップをやってきたマトゥエが、いかにして音楽的に進化をとげたのか、その過程に納得がいく構成になっているからです。注目曲をいくつか紹介します。

1曲目「Crack com Mussilon」

Matuê – Crack com Mussilon

アルバムの1曲目「Crack com Mussilon」(クラッキ・コン・ムシロン)は、いかにもマトゥエらしいトラップの曲です。アメリカのトラップやラテン・トラップと比べると全然ちがうのですが、ブラジリアン・トラップTrap Nacional)では、こういった歌うようなラップ・スタイルが定番となっています。そのなかでもマトゥエは、レゲエサイケオルタナティブ・ロックからの影響が強く、この曲ではそんな音楽的な要素がまじりあい、独自の音楽となっています。

温かいピアノの音から始まり、サイケデリックな音響が拡がっていく感じが心地よいし、なによりメロディーが絶妙ですよね。歌詞はドラッグやセックスを歌う典型的なトラップで、ミュージックビデオは死を意識させるストーリーになっていますが、曲にぬくもりがあるのが不思議です。

アルバム前半は、こんな感じで、今までのマトゥエがやってきた音楽の延長線上のような曲が続きます。

6曲目「O Som」

Matuê – O Som

そして問題の6曲目、「O Som」(オ・ソン)です。アコースティックなドラムがエイトビートを刻み、エレキギターが哀愁あふれるソロを奏でる。レトロなロックで、「こんなマトゥエは聴いたことがない!」と全ブラジルが驚いたのではないでしょうか。「Som」(ソン、訳すと「音」)という声のサンプリングが繰り返され、途中とぎれながらも5分以上つづく実験的な曲です。

リリースから1か月後にはミュージックビデオが発表されており、これはアルバム内で「Crack com Mussilon」につづく2本目のビデオとなりました。

この曲を境に、アルバムはどんどん異次元に進んできます。

7曲目「04AM」

Matuê – 04AM

次に来るのが「04AM」(ゼロ・クワトロ・ア-エミ)、朝4時の曲です。

「Bem no fundo, medo tentava omar conta / Além desse sonho eu vou te encontrar」(心の底では恐怖が支配しようとしていた / この夢の向こうで君を見つけるだろう)という歌詞で、ポップスとしての完成度が高く、ライブでも盛り上がる曲だと思います。

実際、リリース直後の2024年9月13日には、音楽フェスRock In Rio(ロック・イン・リオ)のステージで一曲目として演奏されていました。

04AM – MATUÊ & BANDA | Rock in Rio 2024

このバンド編成、とても良いですよね。バンドのマトゥエをもっと聴きたくなります。

ボーナストラック「Like This!」

Like This!

ボーナストラックの「Like This!」(ライク・ディス)は、英語で歌われているレトロなロックで、これがまた最高に良い曲です! マトゥエというアーティストの幅広さ、底知れなさが表れている一曲だと思います。

Spotifyで歴史的なヒット

「333」は、ブラジルでどのように受け止められているのでしょうか?

超人気アーティストの待望の新作ということで、Spotifyではアルバム曲再生回数が「リリース後24時間で16,018,541回」という記録を達成しました(Splash 2024/9/10)。2023年のLuísa Sonza(ルイーザ・ソンザ)の記録を破り、過去最多記録を更新したことになります。すべり出しは歴史的な大ヒットです。

この記事を書いている2024年10月16日現在も再生回数は伸び続けており、ボーナス・トラック以外の全曲1,000万回以上再生されています。

2024年10月16日時点でのSpotifyの再生回数

異例のプロモーション

こうした記録更新の背景には、異例ともいえるプロモーションがありました。

インスタグラムのプロフィールに「2024.09.333」という文字が表示されていただけで、具体的なリリースの日付は公表されていなかったのですが、9月9日午後3時33分に突如としてリリース。

この直前、告知なしで驚異のカウントダウン・イベントが開催されています。サンパウロ市内のごく普通の交差点のような広場で、15メートル以上ある円柱の上にマトゥエ本人が一人で立ち、3時間33分間、無言で立ち続けるというもので、その様子は動画配信されました。最初は人もまばらだったのが、SNSで情報がひろまったのか徐々に人だかりができ、最後マトゥエはマリファナ(?)を一服してリリースの瞬間を迎えています。

SALVE TODOS (LIVE)

3時間以上も高所で立ち続けるなんて、高所恐怖症でなくても拷問のような苦行ですよね。ストイックで尊敬します。そして、「孤高の舞台で耐え続ける」というアーティストの生きざまを表現するインスタレーションとして、秀逸だと思います。

Matuê(マトゥエ)とは、誰?

最後に、マトゥエのバイオグラフィーを簡単にまとめておきます。

Matuê(マトゥエ)の本名は、Matheus Brasileiro Aguiar (マテウス・ブラジレイロ・アギアル)。ブラジル東部のセアラー州の州都、フォルタレザ1993年に生まれました。

少年時代、8歳から12歳までを、アメリカカリフォルニア州オークランドで過ごしています。そこで、2000年代のアメリカのHip Hopを吸収し、英語も習得。

ブラジルに住む祖母が癌で余命宣告されたのを機に、ブラジルに帰国しています。マトゥエは祖母を、「自分にとって、人生の案内人であり、育ててくれた人」と表現しています。普段からアコーディオンやキーボードを演奏し、生活のなかで音楽を教えてくれていたそうで、マトゥエの音楽の原点は、もしかするとそこにあるのかもしれません。

やがてラッパーになることを夢見たマトゥエは、アパレルのショップ店員や、英語のプライベートレッスンをして生計を立てていきます。

そして2014年に、仲間と三人でレコードレーベル30PRAUM(トリンタ・プラウン)を設立。徐々に注目を集め、2017年には「Anos Luz」(アノス・ルス)がヒットしました。

Matuê – Anos Luz

サイケデリックで浮遊感あるサウンド、歌い方など、マトゥエの音楽の原型が、この頃すでに出来上がっています。

2020年には、ソニー・ミュージック・ブラジルと契約し、デビューアルバムMáquina do Tempo」(マキナ・ド・テンポ、「タイムマシン」の意)を発表。リリースされると、Spotifyで「7日間で2,370万回再生」という記録を残し、ブラジリアン・トラップの金字塔になりました。

私も大好きな作品です。それまでトラップというジャンル自体、ほとんど聴かなかったのですが、このアルバムを聴いて、見る目(聴く耳?)が変わりました。

Matuê – Máquina do Tempo

アルバムのタイトル曲「Máquina do Tempo」(マキナ・ド・テンポ)は、ブラジルで1990年代に活躍したオルタナティブ・ロック・バンド、Charlie Brown Jr.(チャーリー・ブラウン・ジュニア)の「Como tudo pode ser」という曲のカバーです。原曲はとてもエモい曲なんですが、マトゥエのカバーでは、「金持ちになれたぜ、イェーイ!」みたいな軽い感じの歌詞になっています。

Charlie Brown Jr.は、マトゥエにとって、ブラジル国内のアーティストで最も影響を受けた存在らしいです。他にも影響を受けたアーティストとして名前を挙げているのは、OutkastのAndré3000ボブ・マーリージミ・ヘンドリックス。2020年ごろのインタビューによると、普段よく聴くジャンルはオルタナティヴ・ロックやインディー・ロックで、一番よく聴いているのはTame Impalaとのこと(G1 2020/9/25)。こうした音楽の趣味を知ると、「333」という作品が出来上がったことに納得がいくのではないでしょうか。

最後に

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

Matuêはインスタでいつもマリファナを吸っているし、Trapだけに歌詞でも薬物のことを歌っているし、ちょっと近寄りがたい感じがしますよね。

そもそも名前の読み方も、どう読むのか初見だと分からないし、「Matue」でググっても「松江」の情報ばかり出てくるし…。

でも、まちがいなく「良い音楽」をやっているアーティストだと思います。「良い音楽」が何なのか、私にはよく分かりませんが、少なくとも2024年のブラジルでしか生まれえなかった音楽で、Matuêだからこそ作ることができた音楽で、何度も聴き返したくなるような音楽です。

Matuêは、このブログ内でも何度か登場しています。よければチェックしてみてください。

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