Marina Senaが3枚目アルバムをリリース
2025年3月31日、Marina Sena(マリーナ・セナ)の3枚目アルバムとなる「Coisas Naturais」(コイザス・ナトゥライス)がリリースされました。
Marina Senaは、ブラジルのミナスジェライス州出身のシンガーソングライター。2021年にアルバム「De Primeira」(ジ・プリメイラ)で衝撃的なソロデビューを果たして以来、次々と新しい表現に挑戦し、アーティストとして進化してきました。
Marina Senaの音楽性を一言で表すと、「マリーナセナというジャンル」。
曲ごとにいろいろなジャンルの音楽の片鱗が見え隠れするものの、どの枠にも収まりきらず、「この音楽はマリーナ・セナだ」としか言いようのない作品を作り続けています。
アルバム「Coisas Naturais」の特徴
ミナスジェライス時代への回帰
今回の3枚目アルバムは、そんな彼女にとって原点回帰の作品となりました。
Marina Senaがソロデビュー前にミナスジェライスで結成していたバンド、A Outra Banda da Lua(ア・オウトラ・バンダ・ダ・ルア)のメンバーが楽曲制作に参加。
ミナスジェライスの原風景と似た「奥地(interior)」の環境を求め、サンパウロ市郊外の農場を借り、リビングに機材を揃え、10日間こもって音楽づくりに励むところから、アルバムづくりが始まったそうです。
プロデューサーはJanluska(ジャンルスカ)が務めています。
「ラテンアメリカ」のイメージ
また、「Coisas Naturais」は、ブラジル音楽の枠を超え、いろいろなラテンアメリカの文化を取り込んでいるのも特徴です。
レゲトン、バチャータ、そしてなんと『百年の孤独』まで!
インタビューによると、Marina Senaは自分自身のアイデンティティをラテンアメリカという大きな枠組みの中で位置づけているようで、そんな彼女がもつ「ラテンアメリカ」のイメージが反映された作品となっています。
実際、Marina Senaの音楽は、無垢なようでいて、妖艶で、暴力的で、どこかグロテスクなところまであり、でも不思議な懐かしさがあります。ガルシア=マルケス、バルガス=リョサ、といったラテンアメリカ文学が好きな人も、きっとハマること間違いありません。
この記事では、「Coisas Naturais」の全曲を取り上げ、この作品がいかに多様な文脈に根を広げているかを紹介します。
全曲紹介
1 Coisas Naturais
Marina Senaがミナスジェライスに住んでいた頃のバンド、A Outra Banda da Luaのメンバーとの共作です。ダークな雰囲気にアレンジされていますが、曲自体はA Outra Banda da Lua時代を思い起こさせるところがあります。
ところで、Marina Senaが生まれ育ったのは、ミナスジェライス州の中でも最北部にあるタイオベイラス(Taiobeiras)という小さな田舎町。思春期に実家を飛び出して、同じミナスジェライス州のモンテス・クラロス(Montes Claros)という町に移り住み、そこで出会ったアーティストたちとバンドA Outra Banda da Luaを結成しています。
Marina Senaは、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を愛読していて、この長編小説の舞台となっている架空の町、マコンドにちなみ、モンテス・クラロスを「モクンド」(Mocundo)と呼んでいるそうです。
そんな「モクンド」にいた頃のメンバーと共に作られたこの楽曲は、『百年の孤独』の世界観と通じるものがあるように思います。
2 Numa Ilha
2024年にリリースされていたシングル曲。
このミュージックビデオは、Marina Senaが裸に近い恰好で踊っているので、苦手だと感じる方もいらっしゃるかもしれません。一方で、女の裸を好奇の目で見ようとする者を嘲笑するような反骨精神もあるような気がして、私は長島有枝里さんの写真作品に似たエネルギーを感じます。
音楽的には、ドミニカ共和国のダンス音楽であるバチャータのパーカッションが取り込まれています。
ただ、「Numa Ilha」に関して言えば、バチャータというよりも、もっと無国籍であやしげな雰囲気が強く、やはり「マリーナセナというジャンル」としか言いようがありません。
3 Desmitificar
反復する電子音とアコースティックなパーカッションの組み合わせが絶妙な曲。音響がすばらしく、ヘッドフォンで聴きたい一曲です。
Marina Senaは、ギターを片手に作曲するスタイルで音楽活動を始めましたが、2枚目アルバム「Vício Inerente」(ヴィシオ・イネレンチ)ではギターから離れ、エレクロニック・ミュージックに挑戦しました。その経験をへた、渾身の一曲だと思います。
4 Anjo
前曲から一転して、ギターによるサイケデリック・ロック風の曲。
裏声のヴォーカルにキッチュなオルガン、そして自由奔放な作風は、ブラジルの伝説的ロックバンド、Os Mutantes(オス・ムタンチス)を思い起こさせます。
5 TOKITÔ
国際的なコラボ曲。
Gaiaはブラジル人とイタリア人の血を引くアーティストで、イタリア語で歌っています。Nennyはポルトガル在住のラッパーで、Marina Senaとはインスタグラムで相互フォローになり、そこからこのコラボが実現したそうです。ヨーロッパ市場を意識した一曲です。
6 Sem Lei
ギロの音から始まる、ブラジリアン・インディーロック、MPBの系譜の一曲。
アルバムの中でも明るくて楽しい曲で、おしゃれなお店のBGMに流れていてもおかしくないような感じがします。こういう曲だけを作ったほうが、もっと売れるのかもしれません。でも、あえてそうせず、自分の納得のいく作品をつくり続けているMarina Senaが、私は大好きです。
7 SENSEI
最小限のアレンジでヴォーカルを聴かせる一曲。他のアーティストと比べるのは安易ですが、私はRosalía(ロザリア)やBjörk(ビョーク)に通じるものを感じました。
8 Lua Cheia
アホッシャ(Arrocha)というブラジル音楽のリズムを取り込んだ曲です。アホッシャはもともと気楽に聴くダンス音楽ですが、完全にマリーナセナの音楽になっています。
9 Combo da Sorte
1枚目アルバム「De Primeira」を思い起こさせるレゲエ風の曲。
デビュー作に通じるものがある一方で、歌唱力や表現力に磨きがかかったことがよく分かる一曲になっています。歌声は途中で笑っているかのようなニュアンスもあり、ダークなベースラインのコントラストが最高です。
10 Mágico
シンセポップ風の曲。歌い方はロックのようで、Marina Senaの曲として、とても新鮮な感じがします。
11 Doçura
レゲトンの曲。
スペインのマドリードで活動しているバンド、Çantamarta(サンタマルタ)との共作です。Çantamartaは、メンバーがコロンビアやベネズエラなど色々な国にルーツを持つ多国籍なグループ。
歌詞に「Aureliano, soy el general」(アウレリャーノ、俺は将軍)という一節が登場しますが、Çantamartaのメンバー全員とMarina Senaは、一番好きな本がガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』という点で一致しているそう。歌詞づくりの工程で、『百年の孤独』の登場人物の名前、「アウレリャーノ」が出てきたとき、お互いの共通の趣味の発見に湧いたそうです。
12 CARNAVAL
アルバムのラスト目前に放り込まれている実験的な曲。2020年代のサンパウロのファンキ、Funk Bruxaria(ファンキ・ブルシャリア)に影響を受けているのでしょうか。Marina Senaの音楽性の幅広さに驚かされます。
13 Ouro de Tolo
ギターが中心の正統派MPBともいえる一曲。
ギターはMarina Senaにとって作曲の基盤となっている楽器で、この曲はまさにその原点に立ち返った一曲です。凝ったアレンジがそぎ落とされ、マリーナセナの歌の良さだけが全面に出ています。
さいごに
ここまで、アルバム「Coisas Naturais」の全曲を見てきました。
いろいろなジャンルの音楽を取り込んでいるけれど、どんな要素を取り込んでいても、「この人の音楽」としか言いようがない。そんな強い作家性のあるアーティストは、世界中を探してもあまりいないのではないでしょうか。
大衆音楽からスペイン語圏の音楽まで、貪欲に新しい音楽を吸収し進化する彼女は、その革新性ゆえ、皮肉なことにMPBには分類されず、評論家のあいだの評価も一定ではありません。でも、彼女は間違いなく、今のブラジルで最高のアーティストのひとりだと思います。
記事の最後に、Marina Senaの言葉を引用しておきます。
Com técnica, você consegue fazer o básico, mas, para realmente criar algo que alimente sua alma, é preciso estar com a chama bem acesa.
Marina Sena(Rolling Stone Brasil、2025年4月1日)
技術があれば、基本的なことはできます。でも、本当に魂を満たすものを作るには、炎を明るく燃やし続けなければいけません。