Gaby Amarantosの「Rock Doido」が最高!

こんにちは、ヨシイタケコです。音楽ブログをやっている身として、あまり軽々しく「これは傑作」と言わないようにしています。
でも、「ガビ・アマラントスの新作は──これは傑作でしょ!」と、どうしても言いたくて、今回は記事を書かせてもらいます。「まだ聴いてない」という方は、今すぐ下の動画の再生ボタンをクリックしてください!
この動画「Rock Doido (O Filme)」(ホッキ・ドイド・オ・フィウミ)は、ニューアルバム「Rock Doido」(ホッキ・ドイド)の曲にあわせてぶっ通しで撮られた、21分50秒ワンカット長回しの短編映画です。ブラジル北部パラー州ベレンのコンドル地区で撮影されており、パラー州独自の音楽ジャンル「Technobrega」(テクノブレーガ)、そしてその進化形態とされる「Rock Doido」(ホッキ・ドイド)が体感できる内容となっています。(このあたりの話は、あとでしっかり説明します。)
出演者は全員パラー州出身で、撮影機材はなんと携帯電話のみ。タレントや女優としても活躍してきたGaby Amarantos(ガビ・アマラントス)の長年の経験に裏打ちされた作品で、めまぐるしい場面転換は、出演者とスタッフ全員の緻密な準備と労力の成果ではないでしょうか。
アルバム「Rock Doido」(ホッキ・ドイド)は、2025年8月29日にリリースされました。22曲で36分53秒、一曲が短いですが、通して聴くとアルバム全体でひとつの作品となっているのが分かります。音楽において「一曲」という単位は意味をもたない、ショーとして最初から最後まで楽しませるのが自分の音楽だ、というコンセプトがあるのかもしれません。
なお、アルバム終盤のカバー曲「Carregador de Aparelhagem」(カヘガドー・ジ・アパレリャージン)は、動画の最初に一瞬だけBGMとして使われており、「Rock Doido é Meu Lugar」(ホッキ・ドイド・エ・メウ・ルガー)は、動画のクレジット部分で登場します。
ブラジルが誇る中年の女たちが集結
アルバム「Rock Doido」は、ガールズ・パワーならぬ「アラフォー&アラフィフ・ウーマン・パワー」のあふれる作品でもあります。
どこの国でも、音楽界というものは、若いほうがスポットライトを浴びやすいですよね。とくに女性アーティストは、若さや美しさで注目され、それを失ったとたんに過去の人とされてしまうように思います。
そんな中、Gaby Amarantosは、中年にして最高傑作を打ち出してきました。年齢不詳に見えますが、「Rock Doido O Filme」を撮影した2025年8月13日時点で、47歳です。
ほんとうに、すごすぎる──!
ガビ・アマラントスだけでなく、ゲスト陣も中年女性が大活躍しています。
この動画でステージの真ん中に立ち踊っているViviane Batidão(ヴィヴィアニ・バチダン)は、2024年のMultishow賞で「ブラジル部門」を受賞したテクノブレーガの歌手です。1984年生まれのアラフォーで、アラフォーにして全国的な注目を浴びています。
そして私にとっていちばん嬉しかったのが、Lauana Prado(ラウアナ・プラド)の出演でした。動画では真っ赤な衣装でギターを弾き語りしています。
Lauana Prado(ラウアナ・プラド)はセルタネージョ(ブラジルのカントリー)の超人気歌手で、2024年にはMultishow賞の主要部門、「ヒット曲部門」と「セルタネージョ部門」の2部門を受賞しています。力強い歌声が魅力で、1989年生まれの30代です。
このように、「Rock Doido」では、今アツい中年女性アーティストが集結しています。そして、動画に登場するダンサーやエキストラたちも、中年の女性が生き生きしているのが印象的です。
「Technobrega」(テクノブレーガ)とは、何?
ここで、「Technobrega」(テクノブレーガ)という音楽ジャンルについて解説しておきます。
まず、ブラジル北部には「Brega pop」(ブレーガ・ポッピ)という音楽ジャンルがあります。「北部」というと北半球の日本では「寒い」というイメージがありますが、南半球のブラジルでは、北に行けば行くほど暑く、気候的には熱帯です。そんなトロピカルな地域、パラー州ベレンで1990年代に生まれた明るいダンスミュージックが、ブレーガポッピでした。
2000年代に全国的なブレーガポッピ・ブームを起こしたBanda Calypso(バンダ・カリプソ)のライブ映像です。ビッグバンド、ダンサーたちを従えた豪華なステージで、これこそがブレーガポッピの典型といえます。Banda Calypsoのヴォーカル、Joelma(ジョエルマ)は、今も現役バリバリで同じようなステージをこなしています。
このブレーガポッピをクラブミュージック化させたのが、テクノブレーガです。典型例として、アルバム「Rock Doido」でもゲスト参加しているGang do Eletro(ガンギ・ド・エレトロ)の動画を貼っておきます。
テクノブレーガも、パラー州のベレンで生まれています。音楽的には打ち込み系で、ブレーガポッピと違って豪華なビッグバンドはいません。かわりに大活躍するのが、上のミュージックビデオにも登場する巨大サウンドシステム、通称「壁」(Paredão、パレダン)。文字通り「壁」のような異様なサウンドシステムで、これを使った爆音のレイヴ(屋外ライブ)こそがテクノブレーガの真骨頂です。ジャンル黎明期にあたる1990年代、アーティストはイベントの宣伝用に安値でCDやMP3音源をばらまき、イベントで収益をあげるというビジネススタイルだったといいます。
テクノブレーガのアーティストとして2010年代に国際的な注目を浴びたのが、Gaby Amarantos(ガビ・アマラントス)でした。2011年、ベレンのジュルナス地区でおこなわれたイベントの動画は、ひとつの映像作品としても必見です。
ブレーガポッピと比べて予算がかかっていないし、音楽的にもジャンクな感じだけれど、不思議な陶酔感のある音楽ですよね。動画の17:00から始まる「Chuva」(シューヴァ)、20:50から始まる「Galera da Laje」(ガレラ・ダ・ラージ)あたりが聴きどころではないでしょうか。
そしてGaby Amarantosとそのクルーは、あたかもサーカス団のようです。なんにもない街にある日突然やってきて、ライブのあいだだけ街じゅうの人たちを集め、その場を支配し、音楽で酔わせ、そして去ってゆく──。そんな魔術的な力を、Gaby Amarantosというキャラクターは持っているように思います。
テクノブレーガはもともとアンダーグラウンドのカルチャーで、だれかの曲を勝手にサンプリングしたり演奏したりすることも日常茶飯事でした。たとえばさっきの動画に登場する「Chuva」は同じパラ州のインディポップSSW、Jaloo(ジャロー)も歌っているし、「Galera da Laje」はテクノブレーガのグループ、Gang do Eletro(ガンギ・ド・エレトロ)のバージョンもあり、どちらも最高です。誰が作曲したのでしょう? そういったことをあまり考えないジャンルであることは間違いないです。
「Rock Doido」の曲「Foguinho」(フォギーニョ)で、Gaby Amarantosは、アメリカで昔ヒットしたGotye(ゴティエ)の「Somebody That I Used to Know」(サムバディ・ダット・アイ・ユーストゥ・ノウ)をカバーしています。元曲にある憂いが一掃され、踊れる楽しい曲になっているのが印象的です。
「Rock Doido」(ホッキ・ドイド)とは、何?
Gaby Amarantosの新作のタイトル、「Rock Doido」は、パラー州の最新の音楽ムーブメントの名前でもあります。
テクノブレーガは、バイレファンキ(Funk)の影響を受けて先鋭化し、さらに独特の音楽や世界観をつくっていきました。この先鋭化したテクノブレーガを、「Rock Doido」(ホッキ・ドイド)、直訳して「クレイジーなロック」と形容するようです。
一説によると、DJ Vicctor Rock Doidoというアーティストが、新型コロナのパンデミックの中で「Rock Doido」という名称のアプリを作成し、ブレーガの歴史やパラー州で注目の人物など、いろいろなコンテンツを拡散したことがきっかけとなり、テクノブレーガの新形態となる音楽や、新たな屋外ライブの文化が発展していったといいます。(O Liberal、2025/9/21)
この話は真偽不明ですが、Spotifyにも「Rock Doido」という題のプレイリストがいくつか存在することは注目です。こういったプレイリストの曲のリリース年を調べてみると、2019年頃には「Rock Doido」なサウンドが誕生しており、2020年ごろにはスタイルが確立していることが分かります。参考までに、2019年の曲、DJ Lorran(ジージェー・ロハン)の「Mais Póvora」(マイス・ポヴォラ)を貼っておきます。
「Rock Doido」は、単なる音楽ジャンル名ではありません。Gaby Amarantosの動画のように、夜、屋外で爆音のライブを楽しむカルチャーの中で生まれた、ムーブメントの呼び名です。ワニ型の巨大サウンドシステム、Aparelhagem Crocodilo(アパレリャージン・クロコジロ)は、ブラジルの全国ニュースでも取り上げられており、まさに「クレイジーなロック」そのものだと思います。
Gaby Amarantosとは、誰?
最後に、Gaby Amarantos(ガビ・アマラントス)のキャリアについてまとめておきます。
Gaby Amarantosは、1978年8月1日ブラジル北部パラ州ベレン生まれ。ベレンはアマゾン河口の町で、ブラジル音楽の中でもカリンボ、ブレーガポッピ、テクノブレーガなど、独自の音楽の発信源として知られています。
そんなベレンで生まれ育ったガビ・アマラントスは、テクノブレーガのアーティストとして、Beyoncé(ビヨンセ)の「Single Ladies」(シングル・レディース)のカバー「Hoje Eu Tô Solteira」(オージ・エウ・ト・ソウテイラ)で有名になりました。この頃の動画です↓
こういった経緯があるので、「Rock Doido」の収録曲「Eu Tô Solteira」(エウ・ト・ソウテイラ)は、原点回帰の曲として重要です。「Eu Tô Solteira」というタイトルを直訳すると、「独身です」、「彼氏いません」という意味。それだけでなく「彼氏いないからつきあってもいいよ」的なニュアンスもある言葉です。
Gaby Amarantosはシングルマザーで、昨年2024年には10年以上つれそったパートナーとも別れています。そんな彼女が歌う「Eu Tô Solteira」は、中年の独身であることを全肯定する、アルバムのハイライトともいえる一曲だと思います。
話を戻しましょう。Gaby Amarantosのキャリアで特に重要なのが、2012年のアルバム「Treme」(トレメ)。それまでの音楽活動の集大成ともいえるこの作品は、評論家から絶賛され、ラテングラミー、MTVブラジルのVMAs、Multishow賞の主要部門に次々ノミネートされました。

アルバム「Treme」の一曲目、「Xirley」(シルリー)のミュージックビデオです。ブラジル北部の生活風景を映しており、「Rock Doido (O Filme)」は、このミュージックビデオの延長線上にあることが一目瞭然だと思います。じっさい、「Rock Doido (O Filme)」の冒頭ではモニターで「Xirley」のMVが流されていて、ガビの最初の衣装は「Xirley」とまったく同じです。
海外からも注目を集めることになったGamy Amarantosは、芸術性を追求し、MPBへ接近していきました。

2021年のアルバム「Purakê」(プラケ)はJaloo(ジャロー)がプロデユースしており、ブラジル音楽界の重鎮であるElza Soares(エルザ・ソアレス)、Alcione(アルシーネ)、Dona Onete(ドナ・オネッチ)、Ney Matogrosso(ネイ・マトグロッソ)がゲストとして参加。Luedji Luna(ルエジ・ルナ)、Liniker(リニケル)、Urias(ウリアス)とコラボしているのも見逃せません。
このようなアート性を追求した作品を出しているアーティストによる、今回の新作「Rock Doido」です。
「Rock Doido」は王道のポップスに振り切っており、小難しいところが一切ありません。むしろ、その振り切り方の激しさが、この作品の魅力となっています。ジャケットがMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)の「Dangerous」(デンジャラス)のパロディーなのも、「ポップスで天下を取ろう」という意思表明なのかもしれません。
でも、ただポップで楽しいだけではないのが、「Rock Doido」の魅力です。ブラジル北部伝統の音楽、カリンボ(Carimbó)や、現代ブラジル・ポップスの主要ジャンル、ブレーガ・ファンキ(Brega Funk)まで取り込まれており、まさに2025年のガビ・アマラントスにしか作りえない作品となっています。
たとえばこの曲「BBBBBBB」(ベベベベベベベ)は、ふざけた曲に聞こえますが、カリンボから始まりブレーガファンキの要素も入り混じる、じつはすごく実験的な音楽です。
さいごに
さいごに超個人的な感想を。
「Rock Doido (O Filme)」を初めて見たとき、最初は面白くてゲラゲラ笑いながら見ていたのに、終盤にさしかかると、なぜか涙が出てきました。
そして、フェリーニの映画『カビリアの夜』を思い起こしました。
国も、時代も、表現媒体も、なにもかもが違うけれど、開発から取り残された郊外の猥雑な雰囲気や、いろんな人たちが雑然とただ「そこにいる」感じ──そういった空気感を緻密に表現しているところが、とてもよく似ていると感じたんです。ジェンダーも人種もいろんな人がいて、踊っている人も、壁にへばりついて携帯を見ているだけの人もいる──まさに、「フェリーニ的」です。
そしてなにより、娼婦のカビリアが男にだまされて全財産を失ったあと、祭の人波に巻き込まれて、泣きながら笑うシーン。あのシーンが私は大好きなのですが、「Rock Doido O Filme」にもそれに通じる「祝祭的なもの」が感じられました。動画だけでなく、音楽全体に「祝祭的なもの」があふれているように思います。
祝祭的で、映画や音楽っていいなあ、生きてるっていいなあ、と思わせてくれるような、そんな原初的な体験をさせてくれる作品。そんな作品として、「Rock Doido」は傑作だと思います。


