2025年必聴の一枚、Don Lの「Caro Vapor Vol. II 」

作品紹介
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Don Lが待望の新作をリリース

2025年6月16日、ブラジルのラッパーDon L(ドン・エリ)ソロ3作目となるアルバムCaro Vapor Vol. II – Qual a Forma de Pagamento?」(カロ・ヴァポー・ヴォウミ・ドイス、クアウ・ア・フォルマ・ジ・パガメント)をリリースしました。

このアルバムが、すごいです!

ジャズボサノヴァレゲエバイーア音楽バイレファンキなど、中南米の色々な音楽の要素を取り込み、2025年らしい感覚でまったく新しい世界観をつくり出しています。プロデューサーとしてIuri Rio Branco(イウリ・ヒオ・ブランコ、Marina Senaのソロデビュー作をプロデュース)やNave(ナヴィ、Karol Conkaのデビュー作をプロデュース)が参加しているのも見逃せません。

タイトルを日本語訳すると、「高価な煙 第二章 お支払方法はいかがなさいますか?」。「第二章」とありますが、「第一章」があるわけではありません。これまでのアルバムを振り返ると、2017年のソロ1作目のタイトルが「Roteiro Pra Aïnouz, Vol. 3」で、その次に出された2021年の作品のタイトルが「Roteiro Pra Aïnouz, Vol. 2」なので、今回も、あえて「第二章」ということなのでしょう。

2021年の「Roteiro Pra Aïnouz, Vol. 2」は、評論家からもリスナーからも評価が高く、2022年のMTV ミレニアル・アワードアルバム・オブ・ザ・イヤー部門にノミネートされています。この作品から約4年ぶりにリリースされた今作「Caro Vapor Vol. II 」は、ファンの期待を裏切らないどころか、予想をはるかに上回る傑作となりました。

Don Lとは、誰?

Don L(ドン・エリ)は、セアラ州フォルタレザのラッパーです。今はサンパウロに住み音楽活動をおこなっていますが、「魂はフォルタレザにある」とインタビューで語っています(Diario do Nordeste、2025/6/16)。

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レシフェ州フォルタレザの風景

フォルタレザは熱帯にある海辺の町。Don Lの音楽に独特の開放感があるのは、もしかすると土地柄なのかもしれません。(余談ですが、Matuêもフォルタレザ出身です。)

伝説的なラップ・グループであるRacionais MCs(ハシオナイス・エミセーズ)の活躍を見て育ったというDon Lは、その精神を継ぐ社会派のラッパーでもあります。たとえばこの外部記事を読むと、彼がいかなる信念のもとで戦略的にラップをやってきたのか、よく分かるのではないでしょうか。

Don Lが新作「Caro Vapor Vol. 2」で扱っているトピックは、後期資本主義移民AIディストピアアルゴリズムによる支配まで。2025年のアクチュアルな問題で、ブラジルだけでなく全世界の人に関わるテーマです。

一方で、恋を歌う明るい曲もあり、政治一辺倒ではありません。セアラ州の言葉で展開されるラップは、あくまでリアルな生活に根ざしており、地に足の着いた感じがするのも魅力だと思います。この「セアラ方言」、私はよく分からないのですが、たとえばよく出てくる「vetin」という言葉は、「おまえ」という意味のようです(こちらの掲示板参考)。

ポルトガル語力の無い私は、歌詞をAIに和訳させて読みながら聴いているので、細かいニュアンスは分かりません──。でも、夢とか愛とかについて真っすぐな姿勢でラップしていることは伝わってきて、心打たれました。

サンプリングにも注目です。Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント)Dorival Caymmi(ドリヴァル・カイミ)、そして私の知らないアーティストであるItamar AssumpçãoRodger & Tétiなどなど。ただインパクトのある音をサンプリングしているだけでなく、その元ネタになっている曲の本質をつくようなラップをしています。

Don Lは、国内外の古いレコードをディグるのが大好きなようで、その「発掘力」もすごいです。そして、発掘した音源のアーティストに敬意を払いながら、まったく新しい音楽を創り出すことに成功しています。

「Caro Vapor Vol. 2」は、一言でまとめると、ラテンアメリカで蓄積されてきた音楽の伝統を、2025年らしいセンスと問題意識でコラージュした作品です。サンプリングやテーマが印象的な曲を、いくつか紹介します。

「Caro Vapor Vol. II」曲紹介

CARO

Don L – CARO – CARO Vapor II

タイトルの「Caro」(カロ)は、日本語にすると「値段が高い」。ラッパーが高級車やら美女やらが出てくるゴージャスなMVを作ってイメージを売り出していることを風刺している曲です。

この曲の印象的なメロディーは、Don Lの2014年の曲「Morra Bem, Viva Rápido」と共通で、元ネタはLecuona Cuban boys(レクォーナ・キューバン・ボーイズ)1935年の曲「Tabou」だという説があります。

Lecuona Cuban boys ” Tabou ” 1935

一方で、個人的な印象としては、ジャマイカのスカ・バンドThe Skatalites(スカタライツ)っぽいと感じました。いずれにせよ、カリブ海の古き良き音楽です。でも、リズムだけはブラジルのボサノヴァっぽく、後半はバイレファンキに変わっていきます。ラテンアメリカの伝統的なイメージと、2025年のムードがコラージュされた、良い曲だと思います。

para Kendrick e Kanye

Don L – para Kendrick e Kanye part Giovani Cidreira

MPBの重鎮、Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント)の曲「Para Lennon E McCartney」(パラ・レノン・イ・マカートニー)をサンプリングしています。

Para Lennon E McCartney

ミルトン・ナシメントの「Para Lennon E McCartney」は、日本語にすると「レノンとマッカートニーに捧ぐ」。タイトルとは裏腹に、歌詞にはいっさいビートルズが登場しません。自分が南米の人間であり、ミナスジェライス州の人間であり、そんな自分のことが「あなたには分からないだろう」(E vocês nunca vão saber)と歌う曲です。

Don L「para Kendrick e Kanye」(パラ・ケンドリック・イ・カニエ)では、ミルトンナシメントのこの曲の題名がケンドリック・ラマーとカニエ・ウェストに置き換えられ、ブラジルのガラの悪い街に住む自分について、「あなたには分からないだろう」と歌う曲になっています。

ところで、2025年のブラジル音楽界では、ミルトンのサンプリングが大流行しています。Lueji Luna(ルエジ・ルナ)BK’(ベーカー)Djonga(ジョンガ)XAMÃ(シャマン)、他にもまだいたような気がします──。今年のミルトン・ブームを象徴する一曲としても必聴です。

saudade do Mar

Don L – saudade do Mar part. Alice Caymmi

「saudade do Mar」(サウダージ・ド・マール)、直訳して「海の郷愁」という題で、恋する気持を浜辺の景色と重ね合わせた詩的な曲です。海の潮風が感じられるような良い曲だと思います。古き良きブラジルの名作曲家Dorival Caymmi(ドリヴァル・カイミ)の曲「So Louco」(ソ・ロウコ)を引用しています。

So´ Louco

「saudade do Mar」で「So Louco」を歌っているのは、ドリヴァル・カイミの孫で、ナナ・カイミの姪であるAlice Caymmi(アリス・カイミ)というアーティストです。

Iminência Parda

Don L – Iminência Parda

「Iminência Parda」(イミネンシア・パルダ)は、今作の中でもとくに印象的な曲です。タイトルは「褐色の切迫」。この「parda」、「pardo」(褐色)という言葉は、肌の色を表す言葉としても使われるので、人種を思い起こさせる曲名でもあります。

レシフェのアーティスト、Rodger & Téti(ホジェール・イ・タチ)による1975年のアルバム「Rodger e Téti do Pessoal do Ceará – Chão Sagrado」の曲「Susto」を、Rogerの許可を得てサンプリングしています。

Susto

「Susto」の歌詞は難解なのですが、この曲をDon Lは、軍事政権で自由な表現ができないという制約の中、あえて比喩的につくられた抵抗の歌だと解釈したようです。そして、「Susto」をサンプリングすることで、巨大IT企業と超富裕層によって支配される現代社会の閉塞感を、軍事政権時代の閉塞感と重ねあわせています。

iMigrante

Don L – iMigrante part. Terra Preta

曲名は「iMigrante」(イミグランチ)、「移民」。

Don Lがフォルタレザからサンパウロに移住した体験をもとに、自分を「よそもの」と感じる感覚を世界中の移民と重ね合わせた曲です。移民が社会のなかでいかに疎外されているか、そして経済的に搾取されているか、ラップで語られています。

tudo é Simulação

Don L – tudo é Simulação/Conflito

「tudo é Simulação」(トゥード・エ・シミュラソン)、「すべてはシミュレーション」。後期資本主義(Capitalismo tardio、カピタリズモ・タルジオ)や情報商材詐欺を風刺する曲。Conjunto Baluartes(コンジュント・バルアルチス)というバンドの1976年の音源を引用しています。

Conjunto Baluartes – Conflito (Pedro Santos) – 1976

さいごに

さいごに、語彙力のない表現であえて言いますが、「Caro Vapor Vol. II」を初めて聴いた時、私は「これはヤバい…!」と鳥肌が立ちました。ここでは紹介しきれなかった良曲がまだまだありますし、曲順にも明確な意図があるように思います。この感動を、少しでもこの記事を通じてシェアできたら嬉しいです。

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