【MPB特集】今だからこそ聴くカルリーニョス・ブラウン【その1】

アーティスト紹介
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音楽の力で世の中を変えた男

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MPB特集の第三弾となる今回のテーマは、Carlinhos Brown (カルリーニョス・ブラウン)です。

Carlinhos Brownといえば、パーカッションの演奏家であり、作曲家であり、最近ではTVオーディション番組「The Voice Brasil」(ザ・ヴォイス・ブラジル)の審査員を長年つとめ、「ブラジル音楽界の重鎮の、陽気なおじさん」というイメージが定着しているのではないでしょうか。

一方で、戦略的に音楽活動をおこない、まさに「音楽の力で世の中を変える」ようなことをしてきました。良い仕事にありつけない若者たちに、音楽で稼ぐための技術を伝える。アフリカ系ブラジル人が自分たちの生い立ちを誇れるようになるために、ライブやフェスをおこなう。生まれ育った貧困のはびこる町を、観光客の集まる音楽の街に変える。そして、MPBの世界に、アフリカ系ブラジル人の伝統を吹きこむ──。

カルリーニョス・ブラウンは、作曲家として数百もの楽曲を手がけたと言われています。さらに社会活動も積極的におこない、絵画も描いており、ほんとうに多彩な人物です。

ただ、あまりに功績が大きすぎて、初めて知る方には「どれほどすごいのか」が分かりにくいかもしれません。そこで、この記事では、そんなカルリーニョス・ブラウンの魅力を、初めての方にもわかりやすくご紹介します。

長い記事になるので、前半と後半の二本立てです。前半となる今回の記事では、カルリーニョス・ブラウンを知るための8枚をご紹介します。「カルリーニョスブラウンって誰?」「知っているけれど、しっかり聴いてみたことがない」という方は、まずこの記事に出てくる音源をチェックしてみてください。

カルリーニョス・ブラウンを知るための8枚

Carlinhos Brown「Omelete Man」

Carlinhos Brown – Vitamina ser

1998年「Omelete Man」(オムレツマン)は、カルリーニョス・ブラウンのソロ・アルバム2作目です。サンバ、ファンクからビートルズ風のロックの曲まで収録されています。どんなジャンルの音楽をやっても良い曲を作りだす、そんな作曲家としての力量が分かる内容で、カルリーニョス・ブラウンを初めて聴くなら、まずこの作品がおすすめです。

日本でも愛されているアルバムのようで、収録曲「Soul By Soul」は、「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」で、くるり岸田繁が紹介していたという逸話もあります。

ここで貼った曲「Vitamina ser」は、レゲエ調でありながら、パーカッションがブラジル的で、カルリーニョス・ブラウンのセンスが光っていると思います。

ところで、レゲエがブラジル音楽に与えた影響は計り知れません。とくにアフリカ系ブラジルのあいだでBob Marley (ボブ・マーリー)は神格化されており、音楽だけでなく精神性が受け継がれ、「Samba Raggae」(サンバ・ヘギ)というジャンルが生まれています。「Vitamina ser」は、まさにSamba Raggaeの系譜に位置づけられる一曲です。

Daniela Mercury「Feijão com Arroz」

Rapunzel

1990年代のブラジルでは、「南国の屋外ディスコ音楽」ともいえるAxé(アシェー)が大流行しました。ディスコ・ミュージックがファンクからポップスまで含んでいるのと同じように、アシェー・ミュージックも「Samba Raggae」(サンバ・ヘギ)をはじめとする色々なジャンルの音楽を含んでおり、一言でいえば「とにかく踊れる音楽」のジャンルです。1980年代バイーア州で誕生し、屋外で爆音で楽しむというカルチャーと共に、1990年代ブラジル全国で流行しました。

そんなアシェーの「女王」と呼ばれたのが、Daniela Mercury(ダニエラ・メルクリ)です。たくさんのヒット作がありますが、中でも1996年アルバム「Feijão com Arroz」(フェイジョン・コン・アホス)は、国際的にもヒットしています。最初から最後まで聴いていて楽しい名盤で、「ラテン系の明るいポップスを聴きたい」という人に、私が自信をもっておすすめする作品です。単に明るいポップス、というだけではありません。作曲家などのゲストが豪華で、MPBとしても聴きごたえのある一枚だと思います。

ここに貼った曲「Rapunzel」(ハプンゼウ)は、そんな「Feijão com Arroz」(フェイジョン・コン・アホス)の中でもとくに大ヒットした曲で、Carlinhos Brownが作曲しています。典型的なアシェー・ミュージックとしても重要な一曲です。

Marisa Monte「Memórias, Crônicas e Declarações de Amor」

マリーザ・モンチのアルバム「メモリアス・クロニカス・イ・デクララソン・ジ・アモール」のジャケット
Amor I Love You (Clipe Oficial) – Marisa Monte

Marisa Monte(マリーザ・モンチ)MPBのSSW(シンガーソングライター)です。日本でも人気が高いので、もはや説明不要かもしれません。

マリーザ・モンチとカルリーニョス・ブラウンの関係は深く、何度もコラボし、お互いの作品に出演しあっています。すごく個人的な印象なのですが、しっとりしたマリーザ・モンチの作風にカルリーニョス・ブラウンが加わると、なにか化学反応のようなことが起きて、傑作が生まれる、というふうに私は感じています。

2000年のマリーザ・モンチのアルバム「Memórias, Crônicas e Declarações de Amor」(メモリアス・クロニカス・イ・デクララソン・ジ・アモール)は、MPBの名盤としても有名です。その冒頭のトラック「Amor I Love You」(アモール・アイ・ラヴ・ユー)は、マリーザ・モンチとカルリーニョス・ブラウンの共作で、ロックバンドTitãs(チタンス)Arnaldo Antunes(アルナルド・アントゥネスも詩の朗読で参加しています。この3人は、のちにTribalistas(トリバリスタス)というトリオでもコラボすることになりました。

Tribalistas「Tribalistas」

Velha Infância (2004 Digital Remaster)

というわけで、次はTribalistas(トリバリスタス)です。MPB界のスターである3人、Marisa Monte(マリーザ・モンチ)Carlinhos Brown(カルリーニョス・ブラウン)Arnaldo Antunes(アルナルト・アントゥネス)によるトリオで、継続的に活動しているというより、たまにセッションをして作品を出しています。

なかでも2002年アルバム「Tribalistas」に収録されている曲、「Velha Infância」(ヴェリャ・インファンシア)は名曲です。聴けば聴くほど心に沁みる音楽で、こういった曲が生まれるのがMPBというジャンルの面白いところだと思います。

Caetano Veloso「Livro」

O Navio Negreiro (Excerto)

1997年アルバム「Livro」(リヴロ)は、MPBの最重要人物、Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)の名作です。収録曲の「O Navio Negreiro」(オ・ナヴィオ・ネルレイロ、邦題「奴隷船」)では、Carlinhos Brownがパーカッションを演奏しており、カエターノの妹であるMaria Bethânia(マリア・ベターニア)も朗読で登場しています。読み上げられる詩も気になるところなのですが、ぜひパーカッションに注目して聴いてみてください。複雑で立体的なリズムに驚かされるはずです。

ところで「Livro」というアルバムは、1990年代にブラジル音楽界で起こった「バイーア州の音楽の再発見」という文脈で生まれた作品でした。そして、「バイーア州の音楽の再発見」というブームを起こした火付け役の一人が、カルリーニョス・ブラウンでした。このあたりの話は長くなるので、次の記事「カルリーニョス・ブラウン特集その2」で紹介します。

Timbalada「Timbalada」

Beija-Flor

1993年Timbalada(チンバラーダ)デビュー作「Timbalada」。ジャケットに驚かれたかもしれませんが、これはアフリカ系ブラジル人のあいだで伝統的に伝わるボディ・ペインティングです。

Timbaladaは、カルリーニョス・ブラウンが故郷の若者を集めて結成した音楽グループで、こういった音楽は、さきほども出てきたSamba Raggae(サンバ・ヘギ)というジャンルに分類されます。このデビュー作のヒットで、Timbalada、そしてCarlinhos Brownは、世界中から注目を集めました。

じつはTimbaladaは、単なる音楽集団ではなく、音楽の力で貧乏な地元を盛り上げていく、という社会的なプロジェクトだったのですが、この話も長くなるので、「カルリーニョス・ブラウン特集その2」で取り上げます。

Carlinhos Brown「Mixturada Brasileira」

Magalenha

2012年「Mixturada Brasileira」(ミストゥラーダ・ブラジレイラ)は、カルリーニョス・ブラウンによる、まさかのクラブミュージック作品です。ここに貼ったのは、アメリカで活躍したブラジル人アーティスト、Sergio Mendes(セルジオ・メンデス)の曲「Magalenha」(マガレニャ)のカバー。カルリーニョス・ブラウンは何度か「Magalenha」のカバーをやっているのですが、このバージョンが私は好きです。

Sepultura「Roots」

Ratamahatta (2017 Remaster)

Sepultura(セパルトゥラ)は、アメリカメタルのバンドです。メンバーがブラジル系なのですが、これをブラジル音楽として聴いていた人は、居ないのではないでしょうか。

というのも、じつは私、以前はメタル系の音楽が好きだったので、ブラジル音楽は聴かず、むしろセパルトゥラを聴いている側の人間でした。とくに1996年アルバム「Roots」(ルーツ)は昔から評価が高かった作品で、「必聴の一枚」とされていたように記憶しています。

そして、私にとって「Roots」の中でとくに印象的だったのが、ポルトガル語で歌われている「Ratamahatta」(ハタマハッタ)でした。

この曲に、まさかカルリーニョス・ブラウンがボーカルで出演していたとは──!!!

最近になるまで気づきませんでした!

「むかし故郷で憧れていた名前の知らない人が、いま憧れている人と同一人物だった」みたいな感動です!

それはおいておくとしても、1990年代は、世界的にカルリーニョス・ブラウンが注目を浴びた年だったと言うことができると思います。

つづく

さて、アルバム8枚と8曲のご紹介が終わりました。どんなジャンルの音楽に挑戦しても、カルリーニョス・ブラウンらしい「華」があり、一度聞くと忘れられない魅力がある、ということがお分かりいただけたのではないでしょうか。

次の記事では、カルリーニョス・ブラウンのルーツをたどり、その魅力を深堀りしていきます。

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