Anittaが前作からわずか3か月で新作リリース
Anitta(アニッタ)の9枚目のスタジオ・アルバムとなる「EQUILIBRIVM – Parte II」(エキリーブリウン・パルチドイス)が2026年7月23日にリリースされました。
Anittaといえば、3か月前の4月16日にアルバム「EQUILIBRIVM」を発表したばかり。前作「EQUILIBRIVM」がここ十数年のブラジル・ポップスの集大成ともいえる傑作だ、ということについてはこちらの記事でもご紹介しました。
前作の続編として作られた今作「EQUILIBRIVM II」は、音楽的にはオーソドックスである一方、歌詞や世界観でアフリカ系ブラジル文化のスピリチュアリズムを追求した作品となっています。
ゲストはMaria Bethânia(マリア・ベターニア)、Mart’nália(マルチナリア)、Mestrinho(メストリーニョ)、MC Tha(エミセー・タ)、Natiruts(ナチフッツ)のAlexandre Carlo(アレシャンドリ・カルロ)、Alceu Valença(アルセウ・ヴァランサ)などなど。前作が現代ブラジル・ポップスの気鋭を集めていたのと対照的で、伝統的なブラジル音楽の重鎮やその後継者を集結させている印象です。Djavan(ジャヴァン)作曲でGal Costa(ガル・コスタ)の歌った曲「Azul」がカバーされているのも、伝統回帰の現れだと思います。
映像表現に注目
そして、アルバムのリリース直後に発表された映像作品が最高です!
Anittaは前作の収録曲でも良いミュージックビデオを作っていますが、リリース時にはあえて公開しておらず、あくまでも音楽だけに注目が集まるよう仕掛けていました。それに対して今作では、Anitta自身が「とにかく短編映画を見て欲しい」とメッセージを発信し、アルバムリリースの30分後にこの動画を公開しています。
この短編映画の冒頭、Anittaはバナナを頭に乗せ、ブラジルの伝説的歌手Carmen Miranda(カルメン・ミランダ)を演じています。そしてすぐ、これから始まる物語がカルメン・ミランダに共感するアニッタ自身の話であるということが明らかになります。

稀代のスターとなり、その役を完璧に演じ続けているけれど、「結婚し子供を産んで、人並みの幸せを手に入れる人生もあったのではないか」と、心が引き裂かれてしまう──。そんなアニッタが、タロット占い師に不吉な予言をされながらも、アフリカ系ブラジル人のあいだに伝わる民間信仰であるウンバンダやカンドンブレ、そしてアマゾンの先住民に教えを求め、自分探しの旅に出る、というプロットです。
じつは「EQUILIBRIVM 2」という作品は、アニッタがカルメン・ミランダの人生から着想を得て、できあがったそうです。スターとして皆から求められる人物像を演じ続けなければいけない。けれどもそのためには自分の人生の人間的な部分を犠牲にしなければいけない。その葛藤にAnittaが共感し、同じ悩みを悩みぬき、自分の心の平穏を保つためにどうすればいいのかを表現しているのが、このアルバムだといえます。
じっさい、今作はAnittaが作詞作曲にたずさわっている曲が多いのも注目です。いつもよりシンプルで力強い言葉で、アンチの声にかまっているヒマなど無いということ、精神の平安がなによりも大事だということを歌っています。
短編映画の最後、Anittaは音楽とダンスに身をゆだね、Pomba Gira(ポンパジーラ)という女神になります。ポンパジーラは、ブラジルの黒人にあいだに伝わる民間信仰、ウンバンダで信仰されている精霊です。赤いマントをまとう美しい女神であり、恋愛について願いをかなえてくれる自由奔放な女神。そんなポンパジーラはタバコを吸うらしく、タバコが大嫌いなAnittaもタバコを吸う演技をしています。アニッタのプロ意識はいつも世界最高峰です!
動画の楽曲紹介
「Pra Você Gostar de Mim」(プラ・ヴォセ・ゴスター・ジ・ミン)
映像作品の冒頭の曲は、「Pra Você Gostar de Mim」(プラ・ヴォセ・ゴスター・ジ・ミン)。アニッタがロールモデルとしてあがめるカルメン・ミランダの、「Tai」(タイ)という曲のカバーです。ボサノヴァ風のアレンジで、アニッタの歌声の良さが生きた一曲だと思います。
「Feitiço」(フェイチーソ)
「Feitiço」 (フェイチーソ)は、サンバの女性アーティスト、Mart’nália(マルチナリア)とのコラボ。マルチナリアは1990年代にMPBやサンバ界で脚光をあびたアーティストで、サンバの巨匠Martinho da Vila(マルチーニョ・ダ・ヴィラ)の娘という出自を抜きにしても、才能とカリスマ性にあふれた人物だと思います。俳優としても活躍し、レズビアンであることを公表していることでも有名です。
ミュージックビデオでは白いスーツに赤いネクタイを締め、パナマ帽をかぶった姿で登場します。これはZé Pilintra(ゼー・ピリントラ)というアフリカ系民間信仰の精霊の姿のようです。

ゼー・ピリントラは、酒やギャンブルに溺れてしまう貧しい人を助けてくれる精霊で、赤いネクタイとパナマ帽のマランドロ(粋な悪党)の姿で現れるそう。そんな神様がブラジルにいるなんで、私もこの曲で初めて知りました。ゼー・ピリントラのイメージとマルチナリアのキャラクターが見事に合い、最高のミュージックビデオに仕上がっていると思います。
「Contemplação」(コンテンプラソン)
アルバムの中でもとくにスピリチュアルな曲、「Contemplação」(コンテンプラソン)でコラボしているGrupo Ofá(グルーポ・オファ)は、サルバドールのカンドンブレ団体が母体となり結成されたグループ。AnittaがSpotifyでよく聴いているお気に入りのアーティストということで、共演を打診したそうです。
朗誦のようなヨルバ語の歌詞は、不思議と記憶に残り、おまじないのように心を落ち着かせます。Anittaがアルバムの中で一番お気に入りの曲とのこと。私も大好きな一曲です。
「Abre Caminho」(アブリカミーニョ)
「Abre Caminho」(アブリカミーニョ)はレゲエ風の一曲。1990年代から2000年代にかけて大流行したレゲエバンド、Natiruts(ナチフッツ)のAlexandre Carlo(アレシャンドリ・カルロ)とコラボしており、作詞作曲プロデュースはIuri Rio Branco(イウリ・ヒオ・ブランコ)。なお、アルバムで次に収録されているトラック「Tudo Isso」(トゥード・イッソ)もIuri Rio Brancoが手掛けており、こちらの曲の作曲はAlice Caymmi(アリス・カイミ)も関わっています。
タロットカードをテーマにした人形劇のような質感のミュージックビデオも美しいです。
「Ponta do Pé」(ポンタ・ド・ペ)
「Ponta do Pé」(ポンタ・ド・ペ)はサンバ風の一曲。サンバ・ジ・ガフィエイラ(Samba de Gafieira)というペアダンスをモチーフにした歌のようです。サンバ・ジ・ガフィエイラはリオデジャネイロの文化で、サンバやショーロにあわせ、男女のペアでタンゴのようなダンスをするのが特徴らしく、ミュージックビデオではまさにその典型を見ることができます。
Anittaは子供のころから両親がサンバ・ジ・ガフィエイラを踊るのを見て育ち、成長するとともに家族と一緒に踊るようになり、それがかけがえのない思い出になっているそう。こういった幼少期からの幸せな思い出がつまっている歌だからなのか、不思議な高揚感と郷愁にあふれた一曲に仕上がっていると思います。
聴きどころ
この他にも「EQUILIBRIUM Part 2」には良い曲がたくさんあります。
最大のゲストMaria Bethânia(マリア・ベターニア)が詩を朗誦している「Ogum Me Rodeia」(オグン・ミ・ホデイア)は、Anittaによると「すべての働く人のための曲」で、つらくても働く人をオグン(Ogum)という戦いの神が包み込んで(rodeia)力を与えてくれる、と歌った曲とのこと。Anitta本人によるそんな解説を聞いてから、私は勤務中にこの曲が頭の中に流れるようになりました。
「Ogum Me Rodeia」
また、Djavan(ジャヴァン)の曲のなかでもAnittaが一番好きだという「Azul」(アスール)も良いです。アルバムを通して聴くと、ジャヴァンという作曲家が頭ひとつとびぬけていると改めて実感させられます。
アマゾンの先住民をルーツにもつアーティストであるBro Mc’sやKatú Mirimとコラボした「OKE」(オケ)は、Papatinho(パパチーニョ)が陰ながらプロデュースしており、アマゾンの文化の保護活動に尽力してきたAnittaだからこそ実現した一曲です。
ショート動画時代のミュージック・ビデオ復興
そしてやはり、映像表現が重要だと思います。
私が驚かされたのは、ミュージック・ビデオの監督としてFelippe Sassi(フェリッピ・サッシ)が登用されていることです。Felippe Sassiは、ブラジルの音楽業界がYouTubeに注力していたころに大活躍していたクリエイターで、IZA(イザ)やGloria Groove(グロリア・グルーヴ)のミュージック・ビデオを監督しています。独自の世界観と物語性をもった緻密な映像作品が多く、その中でもIZAの「FE」(フェ)のMVは、Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)が「これこそ芸術だ」と絶賛したくらいでした。
けれども2023年ごろになるとTikTokの影響力が増し、ショート動画として映えるミュージック・ビデオが予算を抑えて作られるようになって、Felippe Sassiの壮大なミュージック・ビデオを見ることは無くなっていました。
じつはAnittaはそんな音楽業界の動向をいちはやく感知し、批判していた人物のひとりです。どのインタビューかは忘れましたが、「ミュージック・ビデオを作るのが好きなのに、最近はお金をかけられなくなって残念」ということを語っていました。
そして今作のリリースに際してAnittaは、数値的なリターンが無くても、この映像作品を作りたかったと明言しています。
誰よりも時代の流れを読み、だからこそ時代に流されず、こだわりをもって作品をつくるAnittaを、私は心から尊敬します。この映像作品が高く評価されることで、後に続く人たちもミュージック・ビデオに力を入れやすくなるのではないでしょうか。
さいごに
最後に蛇足です。
Anittaの今作を、「AIっぽい」とか、「IZAやMarina Senaのパクリだ」とか言うアンチが存在します。
そういった反応が起こるのも、ある意味しょうがないかもしれません。IZAやMarina Senaの作品を縁の下の力持ちとして作り上げてきたプロデューサーや映像作家が、今作で集結しているからです。
たとえばAnittaの「Sal Grosso」(サウ・グローソ)はIZAとGloria Grooveの「YOYO」(ヨーヨー)にとてもよく似ていますが、両方ともPablo Bispo(パブロ・ビスポ)がプロデュースしています。似ていて当然です。
Anitta, KBrum – Sal Grosso (Official Music Video)
Anittaはブラジルをレぺゼンすることに人生を賭けています。ここ十数年のブラジル・ポップスを広い視野でとらえ、その良かったところを取込み、周縁化されてきた文化にも光をあてる。それを、世界的に大成功したAnittaが、今やる。まさに今のAnittaにしかできないことに取り組み、ブラジル・ポップス界に重要なマイルストーンを打ち込んだのが、「EQUILIBRIUM」二作品だと言えるのではないでしょうか。


